1.一次試験





(※エレンたちは訓練兵団の格好をしてます。なお、立体機動装置は対人改良型を装備)


ボールが3つ、的が3つ、的は受験生の1人の身体につき3つずつ。
「これは…随分と合理的な試験だね」
自分の分のボールを見つめ、先着100名か、とアルミンが呟いた。
「合理的?」
的を指示のとおり自分の身体に貼り付けながらエレンが聞き返せば、彼は口許に指を当て思考を深くする。
「3つ目のボールを当てた者が合格。そしてこれは1対1じゃないし、平等でもない。
的は3つ、3つ目の的で合格。3つ当てられたら不合格。この意味が解るかい?」
エレンは難しい話が少々苦手だ。
昔はもっと苦手だったが、最近はまあ、なんとか頑張っている。
「んー…喧嘩になりそうだとは思うけど」
頑張っていてもこんなものだ。
だがアルミンは頷いた。
「そう。チームで協力…僕らなら3人だ。3人合格しようとしたら、相手も3人以上確保しないといけない」
ボールを奪ってはいけないというルールはない。
手持ちのボール以外で合格出来るかどうかは、不明。
2人の会話を聞きながら、ミカサは首元のマフラーを引き上げた。

『準備終わりましたねー? それじゃあ、展開しまーす』

眠そうな声がマイク越しに響き、次いで部屋にはなぜか空が現れた。
「マジで展開した…」
周囲は黒土のグラウンド、向こうの方に森やビル群が見える。

『見える範囲すべてが試験会場です。各々、得意な地形等あるでしょう。
ルールは先程話したとおり。それでは、頑張っていきましょう』

試験監督である目良の言葉の直後、開始のブザーが鳴る。

あれ、とエレンは思った。
(やたらと視線を感じる)
アルミンがハッと目を見開くのと、緑谷が状況を理解したのは同時だった。
「みんな! 散らばっちゃ駄目だ!」
雄英高校1-A、誰もが『狙われている』と勘づくのは早かった。
「先着なら同校での潰し合いはない。チームを組んで各個撃破が勝ち筋だ。
そして僕らは、体育祭の中継で個性が割れてる!」
緑谷の言葉に、クラスメイトたちは散らばろうとした足を止める。
その中で、止まらない者も居た。
「ざっけんな! 遠足じゃねェんだよ!」
「俺も、固まると個性が使い難い」
爆豪と轟だ。
エレンもまた、ミカサとアルミンに頷くと3人共に駆け出した。
「悪い、俺たちもここじゃ不利だから離れる」
立体機動装置は、平地では有用に使えない。
「あっ、エレン君!」
「ミカサとアルミンも行っちゃった…」
離脱してしまったのは、1-A総合成績トップ5の内4人とトップ10の1人だ。
戦闘力だけなら、アルミン以外が頭1つ分飛び出ている。
「引き留める時間もない。僕たちは僕たちで頑張ろう」
「そうやね!」
緑谷たちは気を取り直し、自分たちを取り巻く他校の生徒たちへ向き直った。





前を走っていた爆豪と轟が、それぞれに進路を変えた。
「…あの2人、共闘すれば凄く強いと思うんだけどね」
たぶんリヴァイ兵長に掠り傷入れられるよ、と笑うアルミンの意見は、クラスメイトたちも少なからず思っていることだ。
主に爆豪が怒る様が目に見えるので、誰も口にはしないが。
「ショート!」
エレンが声を上げれば、轟が走りながら振り返る。
目が合ったことを確認したエレンは自身の右手を拳にして、トントン、と2度自分の心臓に当てた。
轟はエレンたちだから分かる程度に目を見開き、次いで頷いた。
もう、目は合わない。
「工場の方に行くみたいだ」
アルミンが轟の向かう先を見遣れば、ミカサも周囲へ視線を走らせる。
「こっち側は、どこへ行っても立体機動が出来る」
余程の僻地でない限り、木と建物が並んでいるのが現代だ。
そして、それが調査兵団の強みでもある。
「ショートから離れよう」
「そうだね」
「分かった」
立体機動装置のワイヤーが唸る。

轟とエレン、ミカサ、アルミンが消えていった工場群を横目に、上鳴と切島が爆豪を追って駆け抜けていった。

『よーうやく1人目の合格者が出ました……ハァ?! なんと1人で120名をアウトにしています!!
いやぁ、これは有望株ですねえ。他の受験者の皆さんも引き続き頑張ってください』

建物の影に隠れながら、轟は合格者のアナウンスを聞いていた。
(今んとこ他校のやつには会ってないが…。そろそろこっちから捜した方が良いか?)
突然、反射で発動した氷の壁が『何か』を止めた。
「!」
隣の建物に、忍者風の格好をした者たちが立っている。

「1人で行動するなんて、試験ナメ過ぎじゃないの? 轟焦凍クン」



うわぁ、とつい声に出てしまった。
「ショート、豪快だな…」
巨大なガスタンクに穴を空け、中身の噴射に合わせて氷結をばら撒く。
なんとも技のスケールがデカい。
「…これが試験で良かった」
ミカサの言葉に、アルミンは溜め息混じりで頷いた。
「そうだね。現場では絶対に出来ない方法だ」
轟がそこまで考えていたかどうかは不明だ。
けれど実際の現場では、逆にタンクを守ることをも要求されるだろう。
「あ、ショートが一抜けしたみたいだよ」
リーダーらしき男にボールを当て、轟自身が着けているターゲットが緑のランプを付けた。
轟はエレンたちを捜す様子を見せたが、すぐにその場を後にする。

残されたのは、氷結され動けない誠刃高校の面々のみ。
「くそっ、まさかこんな手を使うとは…」
リーダーの男はすでに不合格だが、他の者たちはまだ望みがある。
動けさえすれば、この氷さえなんとか出来れば。
キュルルッ、とワイヤーを巻くような音が聞こえ、首を動かせる者が視線を巡らせた。
「…これ、氷砕かないと駄目か?」
降りてきたのは3人で、全員がベルトを主にした風変わりな装備を着けている。
緑眼の少年の言葉に、金髪の少年が氷漬けの者たちを見回した。
「そうだね。ショートはまだ個性の扱いが大雑把だから、ターゲットだけ器用に氷結を外すのは無理だと思う」
体育祭の映像にも、学校教師たちの視察でも報告のない少年2人と少女1人。
彼らは親しげに轟の名を呼んでいる。
(まさか、こいつらも雄英の…?!)
黒髪の少女が、太腿にあるボックスからカッターを巨大にしたような刃物を抜いた。
彼女はその刃を片手に下げ、まだターゲットの空いている誠刃の生徒へ向かう。

「これから、ターゲット部分だけ氷を斬る。ので、動かないで」

その黒い眼に感情は見えず、美少女のはずなのに無表情が恐怖を助長した。
刃を向けられた誠刃の生徒は、ガクガクと頷くことしか許されない。
一瞬でも動けば、首を斬られるような気さえする。

キンッ、という涼し気な音で氷は砕かれ、1人目のターゲットを顕にさせたミカサはエレンを呼ぶ。
「エレン。先に」
「おう、サンキュ」
エレンが文句を言っても聞かないことはすでに知っているので、素直に甘える。
続いて彼女はアルミンの分と自分の分を確保し、3人のターゲットは無事緑のランプを付けた。
立ち去る直前、エレンは氷漬けの生徒たちを振り返る。

「ショートが1人だと思い込んだ、アンタたちの負けだ」

誠刃高校の生徒たちは、3人の少年少女たちの装備をようやく思い出した。
それが『調査兵団』のものであることを。
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(心臓を2度叩くのは「傍に居る」合図)


2019.1.25
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