暗くて淀んで、どこか蒸して、決して快適ではない。
おどろおどろしい景色は、しかしそう不快でもない。
人でも動物でもない気味の悪い生き物が寄ってきたが、立体機動装置があることを幸いとブレードの峰でぶっ飛ばした。
たたっ斬らないだけ有難いだろう。
他にもそういうモノの気配がしたが、先の行動で恐れを為したか、寄っては来ない。
喚くだけの不愉快な豚より、随分とマシだ。
それに余計なお喋りもない、静かで結構。
これは良い。

「…まあ、内地よりはな」

調査兵団兵士長、リヴァイ・アッカーマン。
享年54歳、病死。

どうやら地獄に堕ちたらしい。







さよなら、天国!







何となく、道が見える。
岩で出来た、ゴツゴツとして歩きにくそうな道が。
「……」
道の先には火を噴く山があるが、だから何だ。
手近にあった岩に腰を下ろし、リヴァイは周囲を見回す。
他に自分のような存在が無いと知ると、リヴァイは目を閉じた。
(寝たところで、何も変わらんだろう)



「「「兵長!!」」」
聞き覚えのある複数の声に呼ばれ、リヴァイはハッと目を開けた。
するとそこには、随分前に亡くした部下たちが居る。
「お前ら…」
エルド・ジン、グンタ・シュルツ、オルオ・ボザド、ペトラ・ラル。
リヴァイが認識したと見るや、彼らは揃って泣き出した。
「兵長、リヴァイ兵長…!」
「お久しぶりですっ」
「お変りなく…っ!」
「またお会いできるとは光えガチッ」
あの頃見た姿と変わらず、4人の部下たちが涙目でリヴァイを見ている。
懐かしい。
「…お前らもここに来たのか」
「あ、いえ、我々は…」
「実は"天国"へ行けるそうなんですが…」
「は?」
ならばなぜこんなところに?
リヴァイが片眉を上げると、4人は揃ってバツの悪そうな顔をした。
「…どうしても、もう一度兵長にお会いしたくて」
「天国の人に"兵長は天国へ来るのか"と聞いたら、"人を殺しすぎたから無理だ"と言われまして」
まあ、そうだろう。
彼らが死んだ後、あろうことか調査兵団は人間を相手にしなければならなくなったのだ。
「入口付近なら大丈夫と言われたので、みんなで待ってたんです」
「すぐ戻れって言われたけどな〜」
「兵長に会わないまま逝くなら削ぐ! って脅しちゃいました!」
(・ω<)テヘペロ! とペトラがにこやかに笑うが、まあ言っていることは物騒だ。
彼らもリヴァイと同じように、立体機動装置を装備したままであるからして。

「なら、そろそろ天国とやらへ戻った方が良いな」

ふわふわと、ぼんやり浮かぶ光がペトラたちから上がっている。
彼らもそれは解っているようで、残念そうな、寂しそうな表情でこちらを見ていた。
「兵長。俺たちは兵長の元で戦えて幸せでした」
「本当に、ありがとうございました」
「もし次があるなら、またリヴァイ兵長にお会いしたいです」
「ご武運を、リヴァイ兵長。どうか…」

エレンを、よろしくお願いします。

霞んでゆく4つの敬礼に、リヴァイもまた右の拳を心臓へ。
「ああ、当然だ」
4つの笑顔は、穏やかな光に包まれて消えていった。
「…さて」
かつての部下たちを見送り、リヴァイは彼らが居た向こう側を見る。

真っ黒な、巨大な鉄板が錆びついたようなギトリとした色の、巨大な扉。

ただ扉だけがある。
裏側もまた同様の姿で、向こう側に何らかの奥行きがあるわけではない。
おそらくは、扉は別の場所へ通じているのだろう。
「…まあ、のんびり来いよ。クソガキ」
待ち人に小さく悪態をついて、リヴァイはまた目を閉じた。



*     *     *



ゴォン、と重い音を立てて、扉が開く。
「…兵長?」
耳に馴染む少年期特有の声が、リヴァイの内側へ心地良く響いた。
そういえばエルドたちもそうだったが、容姿が随分と昔のものになっている。
リヴァイは立ち上がり、知らず口角を上げた。

「往生したかよ、クソガキ」

エレンは金色を称える眼(まなこ)を細め、笑った。
「あなたが生きた年月より、5年長く生きましたよ」
リヴァイが両手を軽く広げてみせれば、彼は迷いなく飛び込んでくる。
「あいたかった、逢いたかったです、兵長…!」
「ああ、エレンよ。俺も逢いたかった」
おおよその別離、20年。
よくもそれだけ我慢出来たものだと、互いにぎゅうぎゅうと抱き締める。
「お前を待つ間に、エルドたちが来たぞ」
「ほんとですか?!」
「ああ。あいつらは天国行きだ」
お前を頼むと言って、逝っちまった。
「じゃあ、ここは地獄なんですね」
「俺もお前も、明確に人間を殺してきたからな」
「人間よりも害獣の方が多いです」
「そうだな」
「でも、また兵長に逢えました」
「…ああ」

抱き合っていた身体をようやく離して、エレンはリヴァイの肩越しに見える景色に首を傾げる。
「でも、ここからどこへ行くんですか?」
「見え難いが、道がある」
何人か擦れ違った連中が、あの火を噴く山の向こうに審議所があると言っていた。
「また審議所ですか? 俺、もう飽きました」
「そう言うな。そこの裁判官を黙らせれば、待ちもなく転生出来るそうだ」
「てんせい?」
「また生まれて生きるってことだ」
「えっ…! じゃあまた兵長と一緒にいられますか?!」
「当然だ。審議の連中なんぞ、すぐに黙らせてやる」
「物理的に?」
「頭を使うのは得意じゃねえからな」
暗い景色の中、存外近くでぬらりと何かが動き、エレンは鳥肌が立った。
「な、なんか動きました!」
「そうだな。ギトギトした気味の悪ぃのがそこらに居やがる」
「えっ、なんですかそれ気持ち悪い!」
リヴァイは慣れ親しんだ動作でブレードを引き抜く。
「こいつは効くぞ。しかも人間と違って血糊も何もつかねえ」
「へえ! それ便利ですね!」
便利? それ便利っていう区別なの??
リヴァイ曰くの"ギトギトした気味の悪ぃの"たちは、聴こえる会話に慄いている!
「行くか」
「はい! あ、兵長」
「なんだ?」
足を止め振り返ると、エレンが頬を赤らめ可愛らしく微笑っていた。
「キス、したいです」
応えてやらぬ道理は、リヴァイには無い。
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2014.7.12(さよならてんごく!)

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