青い空、青い海、眩しい太陽！
「いいけしき！」
テトラポットの上をぴょんぴょんと跳ねて、エレンは小さな手を思い切り空へ伸ばした。

ここは、エレンが知る一番きれいな海の場所。







もういっかい！







青が好きだった。
物心ついたときからエレンは空が大好きで、両親が連れてきてくれた海に心を奪われた。
"どこへ行きたい？"と問われたら、いつも"海！"と答えるくらいには。
「へいちょう。へいちょうは海、みてますか？」
エレンには、捜している人がいる。
夢の様な酷い世界で、身も心もすべて捧げた人。

捧げた分だけ、エレンは貰った。
お前のものだ、とエレンにだけ許してくれた。

「あいたいです、へいちょう」

テトラポットから波止場へ戻り、海沿いにとてとてと歩く。
「やあエレンちゃん。お散歩かい？」
「今日も元気だね、エレン」
道行く人々が、エレンの姿に破顔して手を振った。
ここはあまり大きくはない町なので、皆が数少ない小さな子供を猫可愛がりする。
いつも同じ場所で釣りをしているおじさんが、エレンをちょいちょいと手招きした。
誘われるままに水桶を覗き込んで、エレンはくすくすと笑う。
「今日はほんとにつったんだ！」
「生意気な小僧め。いつも釣っておるぞ！」
エレンはわしゃわしゃと頭を撫でられ、くすぐったくてやっぱり笑った。
「そういやあ、さっき町の外のもんが海を見ていたな」
「えっ、外の人？」
この町は観光資源が海くらいしか無いので、観光客は珍しい。
ただ、周囲へ知らせることを好まぬカメラマンたちの撮影スポットというのは、有名な話だ。
「どこにいたの？　どんな人？」
「あっちの岬だ。高校生くらいじゃあねえのかな」
「わかった！　いってくる！」
「気をつけるんだぞ！」
「はぁい！」
エレンは教えてもらった岬へと走り出す。

岬はこの町の人が、夕方に一等綺麗だと口を揃える場所だった。
けれどエレンは夕日の沈む海を見て、とても悲しくなったことを覚えている。
（だって、）
エレンは1人だった。
両親は居たけれど、ミカサもアルミンも居ない。
…エレンが覚えている、あの酷い夢の世界。
あの世界で大切だった人は、誰も居なかった。
（あ…）
岬に人が立っている。
見慣れないシルエットで、やはりあれが先ほど言われた"外の人"なのかもしれない。
とてとてと走る足音に気づいて、こちらを人影が振り返る。
「…っ！」
エレンの足が止まる。
加えて、相手が大きく目を見開いたのを見た。

「エレン！！」

大きな声で呼ばれ、竦んだエレンの足が勝手に走り出す。
こちらへ駆け寄ってきた人影に強く抱き締められ、エレンもまたぎゅっとその背を握り締めた。
「へい、ちょ…！」
あいたかった、
あいたかった、
「エレン、エレン、エレン…！」
あいたかった！

勝手に流れ落ちる涙が、抱き着く相手の服を濡らす。
「エレンよ、もっとよく顔を見せろ」
ゆったりと背を撫でられ、エレンは恐る恐る顔を上げる。
記憶にある姿より、幾分若い相手の顔が目の前にあった。
「リヴァイへいちょ…」
「ああ」
ぺたぺたと、確かめるようにその頬に触れる。
「へいちょ、わかいですね」
泣き笑いしたエレンに、リヴァイもまた涙を零しながらエレンの頬を撫でる。
「まだ17のガキだからな。そういうてめぇは？」
「おれ、10さいです」
「マジでガキだな」
「うるさいです」
うぅ、とエレンは涙を止められずに唸る。
目元を擦ろうとする手をやんわりと止めて、リヴァイは流れる雫に唇を寄せた。
「しょっぺえな」
「涙ってしょっぱいんですか」
海もしょっぱかったです、と笑うエレンに、愛しさが募る。
「へいちょう、今度はもっといっしょにいれますか？」
「当然だ。まあ、今は互いにガキだから、そう簡単にはいかねえだろうが」
くふくふとエレンは笑う。
「びょうきとじこと、がいじゅうに気をつけたらだいじょうぶです！」
リヴァイも釣られて笑い声を上げた。
「そうだな、もう巨人はいねぇ」
「はい！」

リヴァイが社会に出た頃、エレンは高校生になった。
わざわざリヴァイの住む街にある高校を受験して、両親をリヴァイと一緒に説得して。
2人はようやく、共に生きることが出来るようになった。

何の因果か、リヴァイはかつて関わりのあった者たちと同じ会社に勤めている。
「記憶を持ったやつは居ねえけどな」
「そうなんですか」
「まあ、けど大体あのまんまだ」
「ははっ、楽しそうです」

遅れて社会に出たエレンは、やっぱり何の因果かリヴァイと同じ会社に入り。
「リヴァイさん、俺採用されました！」
「何に？」
「リヴァイさんとこの販促モデル！」
「はあ？！」
聞いてねえ！
言ってません！
なんで黙ってた？！
驚かそうと思って！
「…てめぇ、入社したら覚悟しとけよ……」
「ヤですよ。暴力は反対です」
「暴力じゃなきゃ良いんだな？」
すす、とエレンの内股をなぞった掌に、エレンの背には悪寒とは別の寒気が走った。
「…っ、もっと駄目です！！」
「ああ？　色気の必要な場面に役立つだろうが」
ああ言えばこう言う。
エレンは羞恥と怒りが綯い交ぜ（ないまぜ）になって、はくはくと口を開閉する。
「わ、わるいおとな…！」
「ハッ、上等だ」

幸せだった。
前世よりもずっと、ずっと。

エレンが病に倒れるまでは。
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2014.7.12（さよならてんごく！）

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