その翼に、くちづけを
(必ず迎えに行く。お前と共に在れる場所を創って)
その種族は、背に一対の翼を持って生まれてきた。
鳥よりも大きく、その身体を空へと運べるだけの強さを持った、白い羽の翼で。
彼らは空と風に寄り添い、他の生き物と同じようにこの世につましく生きていた。
彼らの名を、『翼人(つばさびと)』と云う。
その種族は、強く大地を蹴る足を持って生まれてきた。
空を翔ぶことは出来ないが、大地をどこまでも歩き、駆けることが出来る。
彼らは他の生き物の力と、他の生き物にはない『科学』を手に生き抜いてきた。
彼らの名を、『人間(にんげん)』と云う。
いつからか、2つの二足歩行種族はいがみ合うようになった。
あるときは戦まで起こり、それは今でも変わらない。
翼人は天翔ける翼で疾く刈り取り、人間は遠方を貫く武器で撃ち抜いた。
かつて共存した姿は何処にも無く、平和を望む双方の者たちは、ひたすらに沈黙を貫いて。
けれど、その現状を打ち破った者たちが居た。
深緑に、黒白(こくびゃく)の重ね翼を描いた紋章。
彼らは戦を行う軍人ではなく、けれど武器と戦略を持つ兵士であった。
名を『調査兵団』と云う。
町1つ程度のその小さな組織は、戦の痕を駆け、翔け回る。
負傷し置き去りにされた人間を、翼人を区別なく助け、同じ場所で治療した。
兵団の拠点へ同じように住まわせ、そして対面で話をさせた。
彼らはそうして、仲間を増やした。
『同じ翼人の中で、迫害を受けました。でもそれは、人間も同じではないですか?』
銃を手に戦う人間へ、戦わぬ翼人がそう問い掛けたのだと云う。
変わらないな、と1人が苦々しく答えた。
上下の関係、財産の関係、見目の関係、他にも多く。
優劣はどうしたってある、ともう1人が呟いた。
『こうして俺たちが一緒に居ることは、奇跡ですか?』
違いますよね、と戦わぬ翼人は言った。
奇跡じゃない、努力しているからだと言って彼は微笑う。
彼と彼の友人たちの治療を受けた3人は、その通りだと頷いた。
戦わずに済む、努力をしている。
黒白の翼は、微笑った彼の持つ一対の翼。
昼の白、夜の黒。
世界の理を示すかのような、美しい翼。
けれど翼人の翼は白、彼は分かり易く異端であった。
ゆえに迫害を受けた彼は幼馴染たちと共に逃げ、巨大樹の森奥にひっそりと暮らしていた。
ーーー話を聞いていた少女が、街の中央へと視線を上げる。
「じゃあ調査兵団のあの紋章は、その人の翼?」
街の中央にある大きな時計塔。
尖塔に掲げられているのは、翼を重ねた調査兵団の紋章。
街の広場で講釈を開いていた調査兵団の青年は、羽をぱたぱたさせる少女に胸を張ってみせた。
「そうさ! 人間の立ち上げた組織が掲げる"翼"は、翼人の異端を示す"黒白(こくびゃく)"なんだ」
別の、人間の少年が手を挙げる。
「じゃあ、ぼくたちがこうして街に暮らしているのは、奇跡なの?」
違う、と青年はにかりと笑った。
「奇跡じゃない。それは街に住む全員が平和を、幸せを願って、努力している成果だよ!」
君たちも、もちろん僕も、みんなが努力しているんだ。
その努力を忘れたとき、そこに争いが生まれる。
「辛くても、悲しくても、努力を惜しまない。
そうすればいつか、一生を共に願うパートナーに恵まれる」
あ、それ知ってる! と誰かが声を上げ、おれも、わたしも、と次々と上がった。
「『迎えに来た』」
「『お前と共に在れる場所を創って』」
「『お前と共に在るために、俺はこの心を捧げよう』」
街の誰もが知っている、婚儀で必ず新郎が口にする誓いの言葉だ。
もちろん先の文言は一般向けに改訂されたものだが、街の女性たち憧れの言葉でもある。
格好良い! 言われてみたい! なんて、おませな子どもたちがはしゃぐ。
「黒と白の翼の人は、なんて答えて結婚したのかなあ?」
先の言葉は、調査兵団で最強と謳われた兵士の言葉だ。
まだ調査兵団が発足間もないとき、彼は黒白の翼を持つ翼人にそう言ったのだという。
青年は悪戯っぽく人差し指で唇に触れた。
「さあ…。それは本人たちのみぞ知る、ってところかな?」
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2014.4.20
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