花愛でる伯爵

2.リヴァイの1日は、花に始まり花に終わる。



*     *     *



朝。
軍属であった頃にも部下であった者たちと、朝食を共にする。
「リヴァイ兵長。本日の買い出しはペトラと2人で行こうと思います」
1人、エルドが口を開いた。
『兵長』とは、軍に居た頃のリヴァイの階級名である。
「そうか。任せた」
「はい」
もう少ししたら、ここに住人がひとり増える。
今のうちに備蓄を増やしても良いだろう。
次に1人、グンタが口を開いた。
「花の卸しですが、量はどうしましょうか?」
「…そうだな、薔薇を増やそう。プリンセスローズが頃合いのはずだ」
「分かりました」
この季節は、薔薇の需要が高まる。
リヴァイの育てる花はとうの昔に高い評判が付いており、出した分だけ見返りが来た。
次に1人、オルオが口を開く。
「兵長。自分は山の見回りへ行きます」
最近、でかい熊が出たらしくて。
広大な領地は、幾つかの区分に分けてその区分専門の人間に管理させている。
山を管理させている者が、そんな報告をしてきたようだ。
「分かった。無理はするな」
「はい」
最後に1人、ペトラが口を開いた。
「私はエルドと買い出しに行きますが、言付けは5通でよろしいですか?」
彼女はメッセンジャーの役割も兼ねており、取引先や懇意の貴族の邸を訪問する許可を持っている。
リヴァイは少し考えた。
「いや、1通増やすから少し待て」
「承知しました」

花の市場が開くのは早い。
そして朝露の乗った花は値段が高く、飛ぶように売れる。
朝食を終え、リヴァイは邸の東側にあるガーデンへ向かった。

アーチ状に形作られた木香薔薇が彼を出迎える。
「おはよう。今日も綺麗だな」
1種類1種類、声を掛けながらざっと状態を見て回る。
市に着く頃に咲きそうなもの、ちょうど盛りのものを手早く剪定。
何十種類もの薔薇が競い合うガーデンで、リヴァイの片手にはあっという間に薔薇の花束が出来上がった。
先ほど話したプリンセスローズは、少し多めに。
薔薇は市へ出荷に出るグンタへ渡し、何とも豪奢な荷台の馬車を見送った。

この季節は盛りの花が多く、邸がもっとも華やぐ頃。

胡蝶蘭の様子を注意深く観察し、出荷日程と花の咲き方を比べ。
シクラメンの萎れた花びらを回収し、ヒヤシンスの土の状態を調べる。
ライラックの盛りは、あとひと月といったところか。

すべての花を見終わる頃には、時計の針が12を過ぎる。



昼。
朝の内にペトラが用意していたサンドイッチは、それぞれが持ち歩けるよう小分けになっている。
片手間にそれを食べながら、リヴァイは次の季節に咲く花の種と土を運ぶ。
あらかじめスペースを開けて耕しておいた土は、朝の水撒きでしっとりと湿っていた。

ハイビスカスとクレマチスは、単独の植木鉢へ。
周囲の土にはゼフィランサスを、日当たりの良過ぎる場所にはデュランタを。
アーチの支えがある位置には、すでにブーケンビレアが蔓を伸ばしている。
汗を拭いながら邸の南側までやって来て、リヴァイは小袋いっぱいの種を指先に掴んだ。
ワン! と元気な声に目線を上げれば、ここらに住み着いている野良犬が駆けて来る。
2年程前に遭遇して以来、なぜかこの犬とその仲間は野良の癖にリヴァイに懐いた。
リヴァイはその頭をひと撫でして、僅かだけ口の端を上げる。
「今年もこの季節だ。頼むぞ」
ワン! とまた良い返事だ。
掴んだ種を、広く畝が作られた畑へ次々と撒いていく。

リヴァイの待ち侘びる季節の、花だ。



夜。
夕食の後、見回りがてら西側の植物を見て回る。
大抵の人間が勘違いしているが、花は何も昼に咲くだけの存在ではない。
朝に咲き昼に萎むものもあれば、夜に咲き朝に閉じるものもある。
一度花開いたら先っぱなしのものも多く、手入れが難しいのは夜にだけ咲く品種だ。

単独で植えられたものが、円形の植木鉢に並ぶ。
ここにあるのはすべてサボテンの一種で、よく知られているのは月下美人だろうか。
ひょろりとやや薄い葉が重たげに鉢から零れ落ちて、リヴァイは支えの棒を差し込んでやった。
花茎が出そうなところは、より丁寧に扱う。
土はやや乾いているといったところで、明日の水遣りは必要なさそうだ。
ユウガオとヨルガオは順調に育っている。
「お前が咲くのを、楽しみにしている」

月下美人にそんな甘い言葉を吐いて、リヴァイは邸へと足を戻した。



リヴァイの1日は、花に始まり花に終わる。
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2014.9.7(花愛でる伯爵)

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