花愛でる伯爵

3.リヴァイ伯爵の邸へ出入りする者は、たった5人しか居ない。



*     *     *



広大な伯爵所有地は、海と山と平原が主なものである。
邸は馬が無ければ辿りつけない長距離にあり、その馬も伯爵由来の馬でなければいけない。
リヴァイ伯爵がここへ移り住んできた当初こそその限りでは無かったものの、今では常識である。

リヴァイ伯爵邸にもっとも近い村は、都には伯爵領地のような認識を為されている。
あながち間違いでもないので、誰も否定しない。
自給自足で慎ましやかに暮らす村は、馬の生育に非常に長けていた。
この村で産まれ育てられた馬は、年に一度開かれる都の品評会で毎年のように最高賞を掻っ攫う。
馬の扱いを一流に学びたければこの村へ行け。
そんな文句すら冗談のように囁かれる。

「こんにちは」
「おお、ペトラさん。お預かりしますよ」

今日もリヴァイ伯爵邸から、唯一の女性使用人が馬でやって来た。
村の厩舎で彼女は馬を預け、この村で馬車か別の馬に乗り替えて街や都へ出掛ける。
そして帰りにはまた、この預けた馬で邸へ戻るのだ。
ちなみにリヴァイ伯爵邸で飼われている馬は、すべてこの村で産まれ教育を受けた馬である。
「本日は馬車にされますか?」
「そうね。新しい仕立ての礼服を受け取るから、そうさせてもらうわ」
「おや。ではもう1頭、後から?」
「ええ。グンタが連れてくるから」
幌の準備だけお願いできるかしら?
厩舎で馬を預かった男は、お安いご用だと頷いた。
「承知いたしました。いってらっしゃいませ」
彼女は男に見送られ、村の入口にある別の厩舎へ向かう。
ここの厩舎は、リヴァイ伯爵邸へ向かうことの出来る馬だけが過ごす場所だ。
「さあて。お前さん、腹は減ってねえようだな」
伯爵邸からやって来た馬に、飼葉を与えるのは程々にして水桶を満たしてやる。
すると正解だ、というように、馬がブルブルと鳴いた。

女性使用人のペトラ、男性使用人のエルド、グンタ、オルオ。
そして邸の主人であるリヴァイ伯爵。
この5人だけが、邸へ向かうことが出来た。

この村から、リヴァイ伯爵邸は目視出来ない。
馬の轍もあるにはあるが、彼ら以外で邸へ辿り着ける者はいなかった。

使用人のリーダー格であるエルドが言うに、リヴァイ伯爵は敵が多いそうだ。
本人にその気がなくても、娘を嫁がせたいやら商売をしたいやら、言い寄られ狙われることが多い。
それは貴族社会を知らぬただの村人とて、知るところだ。
まして伯爵は、女よりも花を愛する。
ぺちゃくちゃ姦しい女の相手など、一生しなくて良いなどと宣うのだ。
ある意味孤独を愛すると言える彼が、勝手な周囲の雑音を好むわけがない。
稀にゾエ・コーポレートの当主とスミス貿易商の統括責任者が訪ねてくるが、それも使用人の案内が必須になる。

とは言え、ふた月に1度くらいの割合で、馬鹿な輩が来るのであるが。

グンタという男性使用人が馬を連れてやって来て、ペトラと2人、幌を繋いで帰った後。
夜も更け、梟がホゥホゥと長閑に鳴く刻限。
村の者たちは家の外…村の入口付近…が騒がしいことに気がついた。
けれどそこは手慣れたもの、誰一人として扉を開け確かめることはない。
ボソボソと話し声が聴こえ、馬の嘶きも聴こえる。
蹄の音はすぐに遠ざかり、外の音に気づいていた村人はみな、心の中で数を数えた。
(1、2、3、4、…)

ドンッ! ドォンッ!!

きっかり5秒。
大きな音は、地雷の炸裂した音だ。

村の外…伯爵邸のある方角は、村の周りにある道の向こう側からすぐに、すべてが伯爵領地である。
不法侵入を防ぐ何かがあるなど、当然だ。
他の貴族は長く高い塀を立てたり、境界に見張りを立てたりとしているらしい。
他の人間を寄せ付けない伯爵の講じた対策が地雷というのも、少し考えれば可能性に上がるもの。
さて。
どうやら村は、明日の朝が一番忙しくなるらしい。
伯爵邸側の厩舎を預かる男はくあ、とひとつ欠伸をして、もう一度寝直すことにした。



馬鹿な輩が軽く命を吹っ飛ばしてから、しばらくは経ったか。
伯爵邸から村へとやって来たのは、珍しく二人連れである。
外套を深く被り、顔がよく見えない。

偶に、こういうことがある。

顔を隠さねばならない要件を帯びていたり、リヴァイ伯爵に危険が迫っていたり。
有事の際というのか、そういうときには伯爵も使用人たちも、一様に顔を隠した。
けれど今回は、些か違うらしい。
顔は隠されているが、外套の外にリヴァイ伯爵を示すエンブレムが下げられている。
馬の無口の上部にもそれは存在し、余程特別な用向きのようだ。
「ご両名。本日は乗り替え無しですか?」
尋ねれば、1人が頷いた。
「ああ。帰りもここは通るが、気にしないでくれ」
「承知いたしました」
声から判断するに、これはエルドだ。
もう1人は押し黙ったままであったが、背格好からするとオルオだろう。

貴族の用向きなど、ただの村人には手が余る。
うっかり深く聞いたり疑問を持てば、これまたうっかり首を刎ねられ兼ねない。
ゆえに男はただ納得して、2人を見送った。

彼らが村へ戻ってきたのは、夜も更けようとしていた頃だった。
それぞれの馬の鞍には行きにはなかった荷物が下がり、馬も疲れを見せている。
随分と遠いところまで行ったらしい。
まだ厩舎にいた男は、彼らを見つけたが入り口で頭を下げるに留まった。
先を走る馬の人間が挨拶代わりに手を上げ、その後ろの人間は特に何のリアクションも無く駆け抜けていく。
海へ繋がる轍は、伯爵邸への戻り道。
伯爵の領地を侵そうとする者たちは、行きと帰りの道が違う事実を知らないのだ。
「…ん?」
2頭と馬上の2人を見送って、厩舎の男はやや首を傾げた。
何となく、後ろの馬に乗っていた方が、オルオにしては線が細いように思えたのだ。
だが男はそれ以上を考えないことにする。
「この暗さだ。気のせいだな」



翌日の夕刻。
ゾエ・コーポレートの当主とスミス貿易商の統括責任者が、馬車で村へとやって来た。
村で彼らを出迎えたのは、ペトラとオルオだ。
「お待ちしてました。ハンジさん、エルヴィンさん」
「やあ、ペトラ。オルオ」
「今日は頼むよ〜」
都から来た馬を外し、伯爵邸の馬をコーチへ繋ぐ。
厩舎の男は2頭の馬の手綱を預かり、問い掛けた。
「本日はお泊りですか?」
オルオが首肯する。
「そうだ。明日の昼にここへ寄るから、馬の準備woグハッ」
彼は最後まで言い切るのを待たず舌を噛んだが、いつものことである。
「承知いたしました」
男はいつものように、伯爵邸の者たちを見送った。



リヴァイ伯爵の邸へ出入りする者は、たった5人しか居ない。
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2014.9.7(花愛でる伯爵)

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