拝啓、蒼穹の彼方より

1.人ではない話(サンダルフォン+みかつる)




朝陽が射している。
すでにこの時間帯から起き出してる者も多い騎空団だが、一昨日から街に滞在している影響か、ほぼ出払っている。
朝一番に珈琲を淹れる習慣のついたサンダルフォンは、久々に誰もいない食堂でじっくりと珈琲を淹れる時間に恵まれた。
百人を越す団員を抱えるこの騎空団で、1人の時間は自室以外では得難く、貴重だ。

「これは良い香りだなあ」
「お、ほんとだ。光坊が淹れていた珈琲の香りだ」

扉の開く音と共に、のんびりとした声が入ってきた。
続いて軽快な声。
早々に1人の時間は終了を告げ、サンダルフォンは一体誰だと抽出器から顔を上げた。
が、そこで固まった。
「……」
人ではないと即座に断じられる程の、美貌の男が2人。
彼には珍しく本気で驚いたサンダルフォンに、青い装束の男が目を細めた。
「ふむ、お互い初対面だな。俺は三日月宗近という」
「俺は鶴丸国永だ。きみは?」
装束どころか髪も肌も真っ白な男に問われ、サンダルフォンはようやく我に返った。
「ああ…サンダルフォンだ」
大所帯のこの騎空団で、所属してからひと月以上経っても全員と顔合わせ出来ないということはままある。
これだけ目立つ容姿だ、一度会えば名前はともかく存在を忘れることはない。
鶴丸という男がカウンター越しにずいと顔を近づけてきた。
「きみがサンダルフォンか! 俺はそのとき顕現出来なかったから、どんなやつか気になっていたんだ!」
見目は儚げだが、中身は儚いわけではないらしい。
「顕現? 君たちは人ではないようだが」
告げれば2人は揃って目を丸くした。
「おや、分かったか」
「見ただけで分かるのかい?」
気配や感覚はすべて人間のものなんだが、という鶴丸の言葉の意味は分からないが。
「君たちのその容姿は、人に許される範疇を越えている」
サンダルフォンの人の容姿に関する美の基準は、ルシフェルにある。
性別や種族の概念を越えたその美が、目の前の2人にも当て嵌まった。
「なるほどなあ。確かに、鶴丸のようにすべて真白というのは難しいな」
「よく言うぜ。眼の中に三日月を飼っている方が無理だろう」
それは確実に人外だな、と思う間に珈琲の抽出が終わった。
サンダルフォンは少し考える。
「…君たちも飲むか?」
いつもなら特異点…もとい騎空団団長のグラン、蒼の少女…ルリア、そして赤き竜…ビィが押しかけてきて珈琲を強請ってくる。
その彼らが揃って出ているので、今日は1人分しか淹れていなかった。
しかし人外だという三日月と鶴丸に興味が湧き、滅多にない親切心が口を突いた。
「お、良いのかい?」
鶴丸がパッと顔を輝かせる。
「燭台切が淹れていたものだな。あれも茶菓子を食したくなる飲み物だった」
「こんな朝から菓子を食べたいのかい? さすがに今はないだろうさ」
それじゃあ2人分頼むぜ、と鶴丸がカウンター席に座る。
三日月も釣られるようにしてその隣へ座った。
さて、豆を挽くところから始めなければ。

「それで。君たちは人でないなら何なんだ?」
星晶獣ではなさそうだと問えば、そうだなと三日月が答えた。
サンダルフォンは冷めかけた自分の珈琲を手に、彼らからひとつ席を空けてカウンターへ座る。
「俺たちは刀だ。正確に言えば、刀の付喪神だな」
「ツクモガミ?」
「ああ。俺たちの国では、人に創られ人に百年大事にされた物には神が宿る。それが付喪神さ。
物に憑く神と言われるが、まあ、それよりは妖怪に近いなあ」
「ヨウカイ?」
「そうだな…人の強い思いで生まれる魔物、といったところだ」
「へえ」
何となく分かった。
この艇には幽霊のような存在も、己も含めて多様な星晶獣も乗っているのだし。
「それで、きみは?」
「俺は天司だ」
「天使? 神の御使いと云われてるアレか?」
「? 創世神はとうの昔にこの世界を見限ったそうだが」
「は?」
問い掛けてきた鶴丸と、互いに?を飛ばし合う結果になった。
「鶴丸、おそらく俺たちの常識は通じないぞ。同じ音でも、意味が違うのだろう」
三日月の言葉を受けて、サンダルフォンも説明の言葉を言い直す。
「一概に云えば星晶獣だが、ロゼッタやノアのような、兵器として投入された星晶獣ではない。
それより遥か過去に、エーテルを管理する存在として創り出された原初獣に分類される」
珈琲カップを置き、三日月が顎に指を当てた。
「…ふむ。天を司る、という意味の方か」
「スケールが大きすぎて想像がつかんな…。きみは何年くらい前に生み出されたんだ?」
鶴丸の疑問にあっさりと返す。

「二千年前だ」

は、と鶴丸も三日月も、揃って絶句した。
「……おい、聞いたか? 三日月」
「うむ。おぬしではないが、これは驚いた…」
グランたちとは趣の異なる驚き方だ。
次いで彼らは、なぜか満面の笑みを浮かべてみせた。

「凄いな! 俺たちより歳上のやつには初めて会ったぞ!」

凄い凄い、とはしゃぐ鶴丸に、訳が分からない。
(『俺たちより歳上』…?)
どう広く見積もっても、彼らは20〜30歳代にしか見えないのに。
「どういう意味だ? お前たちも見た目と年齢が違うのか?」
ああでも、先に『百年大事にされた物』と言っていたか。
問うたサンダルフォンに、三日月は頷いた。

「そうだな。俺たちは造られて千と百年ほど経つぞ」

彼らの本体は、彼らが手元に置くそれぞれの刀だという。
人の手で打たれ、そして数多の人の手を、戦場を、折れずに在り続けたと。
「それは、」
天司や星晶獣のように、損なわれても再生するようなものではない。
折れたならそこまで、刀身に欠けや罅が入っただけでもかなりのダメージとなるはずだ。
人の子の時間の流れにあるそれが、千年間。

「それは、凄いな」

素直な賛辞だった。
そこに世辞も何も入っていないことが分かったのだろう、鶴丸と三日月は嬉しそうに微笑んだ。


End.
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2018.4.28
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