拝啓、蒼穹の彼方より

3.ともだちのはなし(ルナ+みかつる+α)




ルナ、という少女が居る。
彼女はこの艇で一番新しく入ってきた者で、年齢的にも最年少に入りそうな少女だ。
お人好し団長とその取り巻き、のような認識をされているこの騎空団は、乗っている面子もそれなりに面倒見の良い者が多い。
幼い少女が1人で騎空団に入ったとなれば、誰しもが気に掛ける。
が、彼女に限っては非常に面倒な事柄が付いてきた。
彼女はこう問う。
「ねえ、ルナとお友達になってくれる?」
良いよ、と頷こうものなら、こう返ってくる。

「ありがとう! それじゃあ殺すね」

操舵士のラカムはがりがりと後ろ頭を掻いた。
「しっかし、厄介だなあ。あの嬢ちゃん」
また今日も、彼女にそんなことを言われて狼狽えている者が見える。
「家族だっつって丸め込んだんだろ? もうちょい周知しとかねえと混乱するぞ」
言われたグランは苦笑いだ。
その手にあるのは街で買ってきたカフェオレで、サンダルフォンが淹れてくれる物の方が美味しいなあと思いながら口をつける。
「あのお嬢さん、中々に面白いよなあ」
ひょいと横から鶴丸が口を挟み、いつの間に来たのかと驚いた。
「っ、びっくりしたぜ。お前さん、いつ来たんだ?」
「2分ほど前だな」
驚きを顔に出したままのラカムに、彼は満足げに笑う。
「で、あのお嬢さんなんだが。彼女にとっての『友達』は、死んでいるものなのかい?」
「らしいな。『家族』は死んでなくても良いらしいんだが」
「ふむ。それで団長は、名案が浮かばないと」
頷けば、鶴丸の目線がルナへ戻った。
「それなら俺に任せておけ。よしなに取り計らってやろう」
え、とグランとラカムが方法を聞く間もなく、彼はルナの元へと歩いていってしまった。
「おい、大丈夫かよ…」
「なに、鶴丸に任せておけば良い」
鶴丸に驚かされた方向から今度は三日月が突然に声を掛け、グランとラカムは2度驚いた。
「おわっ?! 今度は三日月の爺さんか!」
「はっはっは、良い驚きぶりだなあ」
2人とも、心臓に悪いので止めて欲しい。
「まあ、見ておけ」
即されたグランとラカムも三日月に倣い、鶴丸とルナの様子を見守る。

「…みんな、ルナとお友達になってくれない」
ぷぅ、とルナは頬を膨らませる。
「せっかく、パパもママもお友達になって良いって言ってくれたのに…」
「きみは友達が欲しいのかい?」
声を掛けられ顔を上げると、白い髪に白い服の、綺麗な人間がルナの目線に合わせてしゃがみこんでいた。
「お兄さん、誰?」
「鶴丸国永だ。会うのは初めてだな」
よろしくな、と浮かべる笑みは、快活で頼りになるような気がする。
それで? と優しく先を請われて、ルナは素直に話し始めた。
「私はルナ。ルナね、団長さんに『家族になろう』って言われたの。パパとママとは別の家族にって」
「そうかい」
「でもルナ、お友達も欲しいの。前に会ったお姉さんは殺す前に消えちゃって、お友達になれてないの」
鶴丸は考えるように視線をルナから外した。
「きみの友達になるには、きみが殺さないといけないのかい?」
「? 死んでないから殺すんだよ?」
「すでに死んでいれば、殺さなくても良いのかい?」
「うん。パパとママも、死んでずっとルナと一緒にいるもん」
「幽霊はどうだい? すでに死んでいると思うんだが」
「んー。……あ、お友達になれるって! でもルナ、幽霊に会ったことないよ?」
そうか、と何事か吟味していた鶴丸は、ルナへ視線を戻すとにこりと笑った。

「なら大丈夫だ。俺と友達になろう」

何を言ってるんだ、と声を上げようとしたグランとラカムを、三日月が押し留めた。
「おい爺さん?!」
「まあ待て」
有無を言わせぬ口調に、従うしかない。

じゃあ殺すね、と言おうとしたルナの唇に、鶴丸は人差し指を押し付けた。
「俺を殺す必要はないぞ。俺はすでに一度死んだ身だからな」
「え?」
きょとんとしたルナに、鶴丸は彼女の右肩辺りを見て笑う。
「こちらがきみの母上で、」
そして左肩へ視線を移し、言葉を変えた。
「そちらがきみの父上だろう?」
ルナの目が大きく丸くなる。
「パパとママが分かるの?!」
みんなパパとママが居るのに居ないって言うの、と尻すぼみになった彼女の言葉に、心当たりのあるグランもラカムも言葉を飲み込む。
実際、三日月もルナの周りには何も見えない。
けれど鶴丸は、見えると言う。
ルナの表情は徐々に輝いていった。
「ねえ、パパとママとお話できる?」
「聴こえるかどうかは、試してみないとなあ」
ルナへ向けてではない、鶴丸だけの会話がしばらく続いた後、彼の差し出した手を彼女はぎゅっと握った。

「鶴丸は、私の最初のお友達だね!」

嬉しそうなルナに、鶴丸も笑う。
「これで、この艇の人を殺す必要はなくなるな」
「え?」
どうして? とルナは尋ねる。
だって殺さなければ、友達になれない。
すると鶴丸は困ったような表情に変わった。
「きみは、生きてる俺の友達は信用出来ないかい?」
「……だって、私のお友達じゃないもん」
影で見守るグランとラカムは、図らずも同時に頭を抱えた。
「そうなんだよなあ。そう言われたんだよなあ…」
それで『家族になろう』なんて、苦し紛れな…ある意味での詭弁を取ったのだ。
鶴丸はどうするのだろう、とハラハラしながら様子を見守る。

「俺みたいに一度死んでいるやつとか、幽霊とか、捜せば居そうだが…」
ふむ、と鶴丸は考えた。
「だが他のやつらは、殺されると本来の力を発揮出来ないんだ。だから依頼を熟したり、魔物に襲われても艇を守れない」
「…それじゃあ、ルナとお友達になれないの?」
いや、と鶴丸が首を振る。
「友達にはなれないが、仲間にはなれるぞ」
「仲間…」
「そう、仲間だ。同じ艇で寝起きして、同じ飯を食って、一緒に戦うんだ。どうだい?」
うーん、と首を捻るルナは、また誰とも分からない者と会話をしているようだ。
彼女の声だけが時折聞こえてくる。
「殺さなくても、ルナと一緒にいてくれるの?」
「ああ、そうだ」
「……ルナ、分かった。鶴丸以外は、お友達じゃなくて仲間で我慢するね!」
我慢、我慢かあ、と苦笑した鶴丸が、こちらに気づいて手招きした。
「じゃあ早速紹介しよう。俺の一番の仲間の三日月だ」
「三日月宗近だ。よろしく頼む」
ルナは三日月を見上げ、ぽかんと口を開く。
「わあ…お兄さんもすごくキレイ。私はルナ、鶴丸とお友達になったの」
「おお、そうか。鶴丸に可愛らしい友人が出来て、俺も嬉しいぞ」

彼らの少し後ろで、グランとラカムは顔を見合わせた。
「いろいろ聞きたいことはあるんだが、こりゃ恐れ入ったぜ…」
「うん…」
けれどこれで、グランサイファーのメンバーが殺される心配はしなくて良さそうだ。


End.
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2018.4.28
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