穹(そら)の旅路より愛を込めて
1.教えてっ!ルナール先生!(ランスロット+ルナール)
特定の人物が合流した騎空挺グランサイファーでは、その日から少々変わった光景が見られるようになる。
「グラン」
「ん? どうしたのランスロット」
グランに声を掛けたのは、王都フェードラッヘの誇る白竜騎士団団長のランスロットだった。
彼は偶に、遊学と称してグランサイファーへ滞在しに来る。
その間の団長職は、副団長のヴェインが担う形で補っているらしい。
ランスロットは困惑した様子で、彼の目当てであったであろう人物…の、少し脇を指差す。
「あれは一体…?」
彼の目当ての人物は、彼の師であり白竜騎士団の前身、黒竜騎士団の団長であったジークフリートだ。
そのジークフリートの後方で、彼を穴が空きそうな眼力で見つめているハーヴィンの女性。
彼女は眼光鋭くジークフリートを見据えながら、手元のペンを猛スピードで走らせている。
「あぁ、あれ?」
「アイツはルナールだぜ! 結構有名な魔物絵師でさ、『練習のために人物デッサンさせてくれ』ってジークフリートに頼み込んだんだ」
グランの横でふよふよしていたビィが、笑いながら説明した。
初めの頃の騒動は、ちょっと面白かった。
彼女は時折、心の声がそのまま口から出るのだ。
『鎧に包まれた理想の肉体!』
『兜取ったら美形とか、なにこれ同人誌…?』
(あー、不気味な笑い声も多いか…?)
同人誌とは、絵師や文字書きが己の理想を本に落とし込んだ自費出版本のこと。
ルナールは魔物絵師とは別に、その耽美絵師を目指しているという。
もちろん、ビィもさすがにそこまではランスロットに言わなかった。
「じゃああれは、ジークフリートさんをデッサンしているのか?」
「そうなるね」
何やら思案顔になったランスロットに、グランは何だろうかと首を傾げる。
彼の目がルナールへ向いているのに気づき、ビィはふよふよと彼女の元へ飛んでいった。
「おーい!」
ビィが物陰でペンを走らせるルナールへ近づくと、彼女はヒッ?! と大袈裟に肩を揺らした。
「なっ、ななななな、なに?!」
「わりぃわりぃ、驚かすつもりじゃなかったんだ…。ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」
ビィの向こうにランスロットの姿を認めて、ルナールは別の意味で目が燃えた。
「えっ、ちょっ、誰あの美形?!」
「うわぁっ?! 落ち着けよぅ! ジークフリートの隣だろ、ランスロットだぜ!」
「ま、まさか噂の白竜騎士団…」
「そうそう、白竜騎士団団長のランスロットだ! ジークフリートの弟子なんだぜ!」
(理想の騎士様の弟子?!!!)
はわわわ、とルリアの口癖が乗り移った。
「美形の騎士様の弟子も美形……なにこれ天国…?」
ふぅっと意識が遠のきかけたルナールだったが、唐突に聞こえた声に心臓がひっくり返った。
「凄いな。ちゃんとジークフリートさんだって判る」
いつの間にか、ルナールの横でランスロットが彼女のスケッチブックを覗き見ていた。
「あ、あああああ、あのっ?!!」
「ああ、勝手に見てしまってすまない。ジークフリートさんを描いてるって聞いて、つい」
「えっ、その、あの、」
「自己紹介がまだだったな。俺はランスロット。しばらくこの艇に世話になるよ」
「わ、わたっ、私はルナール、です…!」
ジークフリートもそうだが、もはや顔面偏差値の暴力だ。
ルナールは頭が茹だってきていることを自覚した。
「他のデッサンも見せてもらえないか?」
「ひぇっ?!!」
このデッサンは言うなればほぼクロッキーで、他人様に見せられるようなものではない。
「そ、それは…」
断ろうとルナールが言葉を紡ぐ前に、ランスロットは小さな声で告げてきた。
「あの人、滅多にフェードラッヘへ戻ってきてくれないんだ。絵があるのなら、そちらの方が余程雄弁に日常を物語る」
フェードラッヘで起きた大事件について、ルナールはあらまししか知らない。
「あの人はいつもそうだ。何でもないような顔で突然に俺たちの前に現れては、俺たちを救って何も言わずに去っていく」
想像に違わぬ寡黙な騎士、まさにそれだ。
けれどルナールは、そう吐露したランスロットがとても悲しげな…いや、淋しげな顔をしていて、言葉を呑み込む。
そして手にするスケッチブックを一度見下ろしてから、おずおずと差し出した。
「私の、拙い絵で良ければ…」
すると今度はあんまりにも嬉しそうな笑顔が返ってきたので、つい口が滑った。
「それより前のもあるけれど…」
「本当か!」
食いつく勢いで目線が戻ってきて、ルナールは失言に気づくももう遅い。
「…いや、だが女性の部屋を訪れるのは不味いな」
考えあぐねたランスロットに、事を見守っていたビィが助け舟を出す。
「じゃあさ、オイラも一緒に行けば良いんじゃねぇか?」
なんなら相棒とルリアも呼ぼーぜ! と乗り気な彼に、ランスロットも乗り気になってしまえば、ルナールは諦めるだけだ。
「……分かったわ。それじゃあ、夕食の後に私の部屋に集合で」
その後ひと晩、ランスロットとジークフリートの魅力について語り合うことになるとは、彼女は夢にも思っていなかった。
End.
(救国・亡国見てるとランスロットの精神大丈夫かなって心配になる一方、師匠についてこじらせてそうだなって思う)
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2018.6.20
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