リビルド

1.




「勿体ねぇなあ」

ベリアルが呟いたその一言が、サンダルフォンの運命を変えた。





天司長のスペアとして造られ、しかし『完璧』の体現たる天司長ルシフェルに不具合など起きない。
ゆえにサンダルフォンは、ルシフェルの造物主たるルシファーにより破棄の道を辿ることとなった。
すべての機能を停止され破棄を待つばかりのサンダルフォンを、ちょうどルシファーの元に帰ってきていたベリアルが見下ろす。
「あれ? ファーさん。こいつ、天司長サマが猫可愛がりしてた天司だよな」
「……そうだな」
「あらら、最終実験に使って破棄ルート? かわいそー」
「最高傑作のルシフェルに、不具合など起きようはずもないからな」
無駄なものは迅速に処理する。
研究にはそこまでの結果を記した記録があれば良い。
「ふぅん」
造物主が言うならそうなのだろう。
機材と手順の確認をしているルシファーから視線を外し、ベリアルはまたサンダルフォンを見下ろした。

「勿体ねぇなあ」

それは、彼にしては酷く珍しい物言いだった。
「…どうした?」
ルシファーが問い返す程度には。
行儀悪く机に座り膝上で頬杖をつくベリアルは、だってさぁ、と続ける。
「天司長のスペアってことは、俺程じゃないにしてもすげぇ高スペックだろ?
造るのに使った素材も掛かった時間も、いつもの破棄には見合わねぇよ」
ほぅ、とルシファーは片眉を上げた。
「貴様らしくもないな。この不用品に入れあげでもしたか?」
その例えには噴き出した。
「ハハッ! 結局ちょっかい出せなかったってだけだよ。天司長サマがすげー威嚇してきてさ」
いや、あれは見ているだけでも面白かった。
ベリアルの気配を感じるや否や、ルシフェルは毎回、サンダルフォンを己の翼で隠していたのだから。
当人とは顔どころか目も合わせていない。
「それにさぁ、ファーさん」
にや、とベリアルの唇が吊り上がる。

「悪いこと考えてるんなら、これくらい高スペックなの居れば楽にならね?」

ベリアルはルシフェルと同じく、ルシファーがその手で造った天司だ。
『狡知』の意義と、己の直属かつ補佐としての役割を持たせた。
1で10を察する頭脳は、ルシフェルと同等だ。
ふっ、とルシファーの口から笑みを含んだ吐息が漏れた。
「良いだろう。ただし、貴様が面倒を見ろよ」
ついでに、と温度のない蒼い眼がベリアルを射抜く。
「貴様にも相応の改造を施してやろう」
楽しみにしておけ、と言い置いて部屋を出て行くルシファーを、ベリアルはゾクゾクとした高揚と共に見送った。
「ほんっと、最高だぜ。ファーさん」
これだから堪らない。





しばらくぶりに開いた眼(まなこ)は、以前にも見たことのある無機質な空間を映した。
コポリ、と眼前に浮く泡に、ここは自分が産まれた場所かと思い至る。
「よお、サンディ。目が覚めたかい?」
そんな呼び方をする者など居なかった。
『だれだ?』
「ベリアルだ。知ってはいたが、会うのは初めてだな」
ベリアルのものとは少し違う色合いの紅い眼は、興味すら浮かべてはいない。
『おれは、はきされたのではないのか?』
「その予定だったけど、気が変わったファーさん…ルシファーは分かるか?
そう、そのファーさんがキミを造り直すってよ」
『…そうか』
自分自身を造り変えられると知っても、関心を持つ素振りすらない。
(可哀想に)
役に立ちたい相手はその答えを与えてはくれず、持って生まれた役割は、生まれた後になって不要とされた。
天司としては、あまりにも理不尽な境遇だったろう。
『それなら、』
このまま眠りにつくかと思われたサンダルフォンが、口を開く。
『このきおくとじんかくがひきつがれるかはしらないが、せめて』

やくにたてるようにつくりかえてほしい。

(それが誰の為であろうとも)
言い終えると眼を閉じ沈黙してしまったサンダルフォンに、ベリアルは肩が震えるのを止められなかった。
「ふっ、ククク、アーッハハハハハ!」
この天司は、なんて哀れで可愛らしいのだろう!
「イイねえイイねえ、こりゃ久々にキそうだ! 滾るねえ、サンディ」
無垢で、一途で、ゆえに疑うことを教えてもらえなかった哀れな天司。
「俺も気が変わったぜ。キミが生まれ変わったら、コアの最深部、羽の1枚に至るまでアイしてやるよ」
ベリアルは試験管の硝子越しにキスを贈る。

「だからそのときまで、オヤスミ」


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2018.5.5
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