リビルド

2.




紆余曲折を経て『ルシファーの遺産』の破壊に成功した騎空挺グランサイファーの一行は、ガロンゾ島にて艇を修理しつつサンダルフォンの帰還を待っていた。
彼を見送ってから、すでに10日程が経つ。
サンダルフォンに共感を覚え人一倍彼に懐いていたルリアは、心配のあまり役に立たない状態だ。
「はうぅ〜。サンダルフォンさん、大丈夫なんでしょうか…!」
「ルリアー…。待つしかないんだから落ち着こうぜぇ」
彼女を宥めるビィは、もう何十回言ったか分からない台詞を吐く。

ルシファーの遺産…アバターは2体あった。
残っていたアバターは、カナンで殺害された前天司長ルシフェルの身体を使用していた。
それを知ったときの天司たち…特にサンダルフォンの怒りは凄まじいもので、思い出すだけでグランは背筋が冷える。
アバターを倒しその身体を穢れを取り除くため一度エーテルに還したサンダルフォンは、カナンへ赴くと言い出した。
「あの場所なら、まだ設備がある」
星晶獣の研究所が併設された彼の地ならば、ルシフェルを復活出来るかもしれないと。
彼には「せめて伴を付けろ」と苦言を呈したミカエルに押される形で、ハールートとマールートが付いている。
何かあれば、彼女らが伝えてくれる手筈になっていた。

「大丈夫よ、ルリア。今のアイツ、私たちの中で一番強いんだから」
イオがビィの助太刀に入った。
彼女のこの台詞も、すでに20回を越えている。
「ねえルリアちゃん。気分転換にお菓子でも買いに行く?」
ロゼッタの言葉に、ようやくルリアも反応した。
「お菓子…。サンダルフォンさんの珈琲、久々に飲みたいです…」
「ふふっ、そうね。彼の淹れる珈琲は美味しいものね。…あら?」
ちょうど空を視界に入れていたロゼッタの目に、雲や騎空挺ではないものが映った。
「ハールート?」
「えっ?!」
双子天司の片割れが、物凄い勢いでグランサイファーへ飛び込んできた。
「お待たせしました! 天司長が帰還しました!」

騒ぎを誘発するのも、何かが起きる可能性も下げたい、というのが言伝だった。
そこで合流地点にはガロンゾからやや離れた無人の浮島が選ばれ、グランサイファーはハールートを先導に向かう。
「見えてきた。あの島だな」
カタリナの指差す方向に、遠く双子天司の片割れ…マールートらしき人物が見えた。
接岸すれば、四大天司の姿もある。
彼らの後ろに立っていたのは。

「ルシフェル!」
「ルシフェルさん!!」

グランたちは、彼の最期を見ていない。
どういう状況にあったのか、何があったのか、知っているのはサンダルフォンだけだった。
サンダルフォンが背負っていた白く輝く6枚羽は、ルシフェルの背に在る。
そして彼の腕に抱かれているのは。

「サンダルフォンさん…?」

眠っているのだろうか、それにしては様子がおかしい。
ルリアが真っ先に駆け寄った。
「どうしたんですか?! 何があったんですか!」
星晶獣としての気配が酷く弱い、と泣きそうだ。
ルシフェルが静かに口を開いた。
「サンダルフォンは今、自身を維持する力を最小限にして眠っている」
「力を使い果たした、ということ?」
括りは違うが同じ星晶獣、ロゼッタが真っ先に理解を示す。
「そうだ。死闘から時間を経ていないというのに、彼は残った力のすべてをエーテルの再構築に向けた。
最終的に天司長の力を還元する形で、『私』という存在を確立させたのだ」
ハールートとマールートが悲しげに眼差しを伏せる。
「止めたんです。でも止めてくださらなかった」
「せめて、もう少しお身体が回復してからにして欲しいと言ったのに」
意識を取り戻したルシフェルは、全身傷だらけのサンダルフォンを見てすべてを悟った。
彼は、己の言い遺したことを全うしてくれたのだと。

『ルシフェル。俺は、あんたの役に立てたか?』

そんな姿になってまで、そんな哀しい言葉を言わせたくはなかった。
それに至らせてしまったのは、すべてルシフェルの咎だ。
「もちろんだ、サンダルフォン。この上なく素晴らしい結果を残してくれた」
有難うと告げれば、彼はあの中庭で過ごしていた頃のような笑みを浮かべてくれた。
実に、二千年ぶりの。

「それきり、目は覚めない。残された力があまりに微弱過ぎて、私がいつかのようにコアへ取り込んでしまうと、彼の存在自体が解(ほど)けてしまう」

もう一度カナンへ戻っても良いが、ルシフェル自身が万全ではない。
天司長は空の安定性を担うがために、無理を通すには危険すぎる。
「そんな…」
「今サンダルフォンを戻そうとしたら、また島が落ちるかもしれないってのかよ!」
あんまりだぜ! と怒るビィの言葉は、真実だ。
天司というシステム自体が、もはや負の遺産とも言えた。
ルシフェルはグランへ視線を移す。
「特異点。すまないが、しばらく私とサンダルフォンを艇に乗せてもらえないだろうか」
他方、改めて問われたことにも腹が立った。
「初めからそのつもりだからね?!」
思わず声が大きくなったグランに、イオも強く頷いた。
「そうよ! あんたたち遠慮しいというか、今更なのよ!」





限られたメンバーだけが集まったグランサイファーの食堂で、グランはサンダルフォンに関する出来事を詳細にルシフェルへ伝えていた。
アバター戦でサンダルフォンと共に前線に立った者たちは、一様に悔しげに顔を歪める。
「すまない。ベリアルと黒衣の男の止めは、おそらく刺せていないだろう」
アルベールが拳を握りしめた。
「サンダルフォンが空の底へ叩き落としたのを見たのが最後だ。グランサイファーから見える範囲で、昇ってきたものはない」
彼の視線を受け、フェリも頷く。
「モモたちにも確かめてもらった。あとは…」
次に彼女から視線を受けたサルナーンも、頷きを返した。
「ハニーにもお願いして、周囲を見てもらいました。空の底から上がってきた者はありません」
ハニーとは、彼が杖に封じている精霊のことだ。
ルシフェルは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「…そうか」
『ルシファーの遺産』は破壊された。
使用しようとした黒衣の男とベリアルも、空の底へ落とされた。
「ねえ、ルシフェル。天司も星晶獣と同じで、コアが消滅しない限り死なないんだよね?」
「ああ」
グランに問われ、肯定を返す。
「正確に言えば、星晶獣の死は活動機能の停止を表す。天司の死は文字通り消滅、構成された身体ごとエーテルに還ることを言う」
サンダルフォンの手によって、ルシフェルの身体は一度エーテルに還った。
「我々のコアは背に追う翼だ。だが翼を斬られたとて死に直結するわけではない。天司の設計図は少々複雑でね」
「…そう」
設計図と言ったか、今。
湧き上がる疑問を振り払い、グランは何とか笑みを作った。
「懸念は残ったけど、でも、しばらくは何も起きない。そうだよね?」
「…そうだな。君たちには、本当に世話になった」
またしばらく世話になるが、と呟いたかの天司長の表情は、微笑んでいた。


>>


2018.5.5
ー 閉じる ー