リビルド

4.




航行の最中、初めに気がついたのは船首近くに居たルリアとカタリナだった。
「あれ? ねえカタリナ、あそこに何か居ますよ?」
「え? ああ、本当だ」
掌ほどのサイズで、水晶のように光を反射する幾何学的な形。
翼が生えているそれは、どう見ても生き物ではない。
「いや、これは…」
カタリナは近づこうとするルリアを制する。
「…どこかで見たような」
天司長ルシフェルがグランサイファーの前方に現れるのと、星晶獣ノアが船室を飛び出してきたのは同時だった。

「特異点、艇を守れ!」
「全員伏せて!」

ドッ、と下手をすれば外まで投げ出されかねない突風が、前触れもなくグランサイファーを襲った。
ルリアを庇いながら顔を上げたカタリナは、頭上を飛び交う『それ』に目を見開く。
「な、何だこれは?!」
先程見た、幾何学的な形の何か。
それが無数に艇の上を、周りを飛び交っている。
オイゲンが銃で、イオが魔法を放ちそれらを撃ち落としていくが、『それ』は敵対するでもなく飛び回るだけだ。
「おいおい、どういうこった。こりゃあ、前にサンダルフォンが使ってたヤツじゃねえか!」
どおりで、記憶にあったわけだ。
かつて島を落とそうとしたサンダルフォンが使っていた使い魔、ヴァーチャーズだ。
「待って、サンダルフォンは?!」
「まだ起きてないし、起きれる状態じゃないよ!」
ノアに続いて飛び出してきたグランが、険しい顔でヴァーチャーズを見遣る。
彼はルシフェルと同室で、一度だって目覚めないし、ルシフェルが見ても意識が戻るような状態ではない。
「じゃあこれは何だってんだ?!」
オイゲンたちと共に、船首へ走る。
他の団員たちも甲板へ出てきた。
「ルリア、怪我は?」
「大丈夫です」
彼女を助け起こしていると、ビィの素っ頓狂な声が響いた。
「おいっ、アイツ! ベリアルじゃねえか?!」

背後にグランサイファーを庇い、ルシフェルは前方の敵を見据えた。
「…ベリアル。やはり生きていたか」
「ご機嫌よう、天司長ルシフェル。御身ご無事で何より?」
相変わらず人を食ったような笑みで、思ってもいないことを口にする。
蝙蝠のような黒い6枚羽は背に健在で、彼が厄介にも万全であろうことが窺えた。
「今度はこの艇を、特異点ごと落としに来たか?」
「イイねえ、それも魅力的だ。だがちょーっと違う」
散らばる無数のヴァーチャーズが、いつしか蛇のように一丸となって飛んでいる。

「大事なものを、返してもらおうと思ってさ」

グランサイファーの横腹に、ヴァーチャーズの大群が激突した。
衝撃で艇は大きく揺れる。
「ノア、何が?!」
「船室のある棟が、外から爆破されたらしい」
皆は無事なのか。
グランが声を上げる前に、半透明の獣が甲板へ飛び上がってきた。
悪霊であったモモと、それに乗ったフェリだ。
彼女は今日、サンダルフォンの部屋に…。
「団長、大変だ! サンダルフォンが、」
視界に入る方が早かった。

絨毯のように連なったヴァーチャーズに、意識を取り戻さないままのサンダルフォンが連れ去られていく。

「っ、サンダルフォン!」
意識を反らしたルシフェルへ向けて、ベリアルが紅い大剣を放った。
避ければグランサイファーに直撃するとなれば、ルシフェルは動けるはずもない。
「くっ…。ベリアル、何のつもりだ」
紅い剣を弾き返す間に、サンダルフォンの身体はベリアルの元へ。
どう動こうにもサンダルフォンを盾にされることは解りきっていて、誰もが現状に歯噛みする。
ベリアルは彼らへ見せつけるように、サンダルフォンの左手を取り恭しくキスを落とした。
「言ったろ? 大事なものを返してもらうってさ」
あたかも、その対象がサンダルフォンであると言わんばかりだ。
(嘘だろ…?)
嘘であってくれと、きっと誰もが願っていた。
三者三様に戸惑う者たちを、ベリアルは愉しげに眺める。
「ハハッ、その顔が絶望に染まるのが楽しみだぜ!」
羽ばたく結晶たちの上に眠るサンダルフォンは、さながら童話の眠り姫。
ベリアルは彼の上に身を屈め、そして。
「サンディ、二千年ぶりの逢瀬だな?」

口づけた。

どうしても信じたくない光景に、驚きの声すら出なかった。
咄嗟にルリアの目を覆ったカタリナには拍手を送ってあげたい。
「…え?」
けれど惚ける間もなかった。
威圧感、それに伴う圧倒的な恐怖が、グランの血の気をザッと引かせる。
「ローズクイーン!」
ルシフェルの鋭い声に呼応した茨と樹の蔓が、グランサイファーを固く覆った。
「うわあっ?!」
巨大な力の奔流とは、得てして周囲を薙ぎ払う。
襲ってきた先程の比ではない衝撃に、船体にしがみつくことすらままならない。
茨に囲われていなければ皆、身体が空へと投げ出されていただろう。
エーテルを制御出来るルシフェルですら、襲い狂う余波の強さに驚愕を隠せない。
「サンダルフォン…?」
バサリ、と光を遮る『黒』が生まれる。

光に虹色を返す鴉の羽と見紛う漆黒の6枚羽が、『彼』の背に広がっていた。

「目が回る…キモチワルイ……」
額を抑え弱々しく悪態をつく相手の腰を、ベリアルは当然のように抱き寄せた。
「適正量を戻したと思ったんだけどなあ。足りなかったか?」
「そういう問題じゃない…」
嫌そうな顔をしつつも、ただ触れるのではなく身体を支えてくる手を振り払うことはない。
数ヶ月前、互いの翼を斬り落とす死闘を繰り広げた相手を。

艇を覆う茨が緩まり、グランたちも隙間から事の成り行きを目に出来た。
「…サンダルフォン、だよね?」
「はい。気配はまったく同じです。でも…」
グランの独り言に律儀に返したルリアは、困惑を全面に押し出していた。
「私たちの知っているサンダルフォンさんより、ずっと強い気配です。ルシフェルさんと同じくらいに」
天司の強さは、羽の数で決まる。
その話が本当であれば、この状況はひたすらに不味い。
「でも、どうして? 私たちの知ってるサンダルフォンは、」
イオは言葉に詰まった。
サンダルフォンは、グランサイファーに乗る仲間だ。
様々な依頼を共にこなし、共に食事をし、珈琲を淹れてもらって、機嫌が良ければ話相手になってくれた。
「なんで、どうして、」
ルシフェルを復活させるために、自分は死の淵に立って。
なのに彼は今、ベリアルの隣に居る。

ヴァーチャーズが粒子に変わり、サンダルフォンの黒い羽に吸収されていった。
「サンダルフォン、君は……」
絶句するルシフェルの様子に、ベリアルは笑いが止まらない。
「はー、達する達する! 最っ高だぜ天司長、その表情!」
そろそろ笑いすぎて腹筋が辛い。

「イイこと教えてやるよ、ルシフェル。空を落とそうとしたのも、アンタを健気に復活までさせたのも、全部『アンタのサンダルフォン』だ」

良かったなぁ? と笑い続ける堕天使の言っている意味が、解らない。
戸惑いを隠せないルシフェルに、笑いを納めたベリアルはニヤリと唇の端を吊り上げた。
「昔話をしてやろうか。大事なものを大事だと言えなかった男と、すべてを諦めてしまった男の話だ」

すべては、二千年前のあの日から。


End.
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2018.5.5
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