リキャスト
1.
「お前の役割を再定義した。せいぜい、役に立つんだな」
だからサンダルフォンは、その日から『ルシフェルの被造物』ではない。
*
サンダルフォンには、コアが2つあった。
それはルシファーの試行錯誤により生まれた、大きな研究成果でもある。
サンダルフォンを造り直すと決めたルシファーが初めに講じるべきは、ルシフェルを騙す手段だった。
そのため、サンダルフォンの容姿・声帯・人格・記憶は変更不可能。
ならば何処に着手出来るのかという話だが、ルシファーはまずサンダルフォンのコアのコピーを造った。
「ファーさんってば規格外〜」
「邪魔をするなら蹴り出すが」
「しないしない」
ベリアルはルシファーの手元を興味深げに覗き込む。
天司のコアは、そう簡単には複製出来ない。
だからこそ『天司長のスペア』という役割も生まれる。
けれどルシファーは、天司の設計図を創り『天司長』を造った張本人だ。
他の研究者に出来ないことでも、彼ならば時間と手間を掛ければ出来てしまう。
改造を施すのはオリジナルのコアだが、いきなり本番に着手するなど言語道断。
まずは仮説とそのための実験内容を作成し、別の星晶獣で検知に入る。
「何か構想でもあるのか?」
「それは後回しだ。先にルシフェルを欺く手段を創る」
ベリアルは図面を書き出したルシファーの旋毛を見下ろしながら、天司長ルシフェルを思い返す。
「些細なことでもすーぐ気づきそうだよなあ」
本人に自覚はないのだろうが、ベリアルの視線からサンダルフォンを隠す行動は、独占欲の表れと言える。
サンダルフォンを破棄する、とルシファーがルシフェルへ告げたのが7日前。
ルシフェルが空の島々へ視察に赴いたのが6日前。
サンダルフォンを破棄ルートに回したのが5日前のこと。
「天司長サマが戻ってくるまでに終わらせるカンジ?」
「急く必要はない。アレには『被検中』と伝えれば良いだけだ」
あれ? とベリアルは疑問符を上げた。
「被検後に破棄するって意味だろ? ならわざわざ天司長サマ騙す必要は」
あるのか、と聞きかけたところで、口を閉じた。
(あー、そういうこと…)
我らが造物主は、何とも頭が回るものだ。
*
生体機能を停止させた状態のサンダルフォンを、ルシファーは改めて眺めやった。
「ふむ…」
天司長のスペアを、ルシフェルに造らせる必要性は特になかった。
単に、己に似せて造ったルシフェルが、どのような天司を造るのか興味が湧いた。
ただそれだけだ。
造形の手本は研究員とすでに稼働済みの天司、それに研究員が気まぐれに持ち込んだ生き物以外にはない。
そう思っていたのだが、このスペアを観察するとそうでもなかったようだ。
目の色は確か赤だった、しかしベリアルの目の色とは少々彩りが違う。
髪は茶色いが、何を思ってこの色にしたのか。
全体的に身体の線は細く、ルシファーと比べても小柄。
顔立ちは美しいが、大人の造形とは言えまい。
「…幼い方が好みということか?」
いやそもそも、あれに選り好みするという認識が備わっているのか。
「新しい発見だな…」
となると、前提にしている物事を取り払わなくてはなるまい。
ルシファーはサンダルフォンの翼へ目を向けた。
「…ああ、『空』の世界を参考にしたか」
天司の翼は白い。
ベリアルとサンダルフォンを除いて、すべての天司がそうだ。
天司長ルシフェルがそうであったから、他の天司を造った者たちも倣ったのだろう。
他方、サンダルフォンの翼は、茶のグラデーションの中に根元から先へと白い筋が入っていた。
模様と言った方が適切だろうか。
「これは猛禽と言うのだったか」
空の世界で、鳥類の頂点に立つ鳥の翼だ。
天司たちの中に居るとなれば、それはそれは目立ったであろう。
実際はそんな機会など来なかったわけだが。
「…この骨格では筋力は期待出来んな。小回りは利きそうだが、幼い容姿というのはマイナス要因が多いというのに」
はて、何だこれは。
ルシファーはなおも首を捻った。
「色はまあ、何でも良い。だがなぜ、こんな中途半端な…」
そこまで呟いて、ようやく気づく。
「そうか。『進化』か」
『天司』は星の民と同じく、完成されたものだ。
完成されているからこそ、ルシファーは空の世界の不完全さと『進化』に興味を抱いた。
「天司に成長はない。それを知りながら、これをさも成長途上のように造ったということか」
もう少し、ルシフェルの手元にある状態でも観察すべきだったか。
思ってもいないことを胸中で語り、今は羽として露出しているコアへ指先を滑らせた。
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2018.5.19
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