リキャスト

1.




「お前の役割を再定義した。せいぜい、役に立つんだな」

だからサンダルフォンは、その日から『ルシフェルの被造物』ではない。





サンダルフォンには、コアが2つあった。
それはルシファーの試行錯誤により生まれた、大きな研究成果でもある。

サンダルフォンを造り直すと決めたルシファーが初めに講じるべきは、ルシフェルを騙す手段だった。
そのため、サンダルフォンの容姿・声帯・人格・記憶は変更不可能。
ならば何処に着手出来るのかという話だが、ルシファーはまずサンダルフォンのコアのコピーを造った。
「ファーさんってば規格外〜」
「邪魔をするなら蹴り出すが」
「しないしない」
ベリアルはルシファーの手元を興味深げに覗き込む。

天司のコアは、そう簡単には複製出来ない。
だからこそ『天司長のスペア』という役割も生まれる。
けれどルシファーは、天司の設計図を創り『天司長』を造った張本人だ。
他の研究者に出来ないことでも、彼ならば時間と手間を掛ければ出来てしまう。

改造を施すのはオリジナルのコアだが、いきなり本番に着手するなど言語道断。
まずは仮説とそのための実験内容を作成し、別の星晶獣で検知に入る。
「何か構想でもあるのか?」
「それは後回しだ。先にルシフェルを欺く手段を創る」
ベリアルは図面を書き出したルシファーの旋毛を見下ろしながら、天司長ルシフェルを思い返す。
「些細なことでもすーぐ気づきそうだよなあ」
本人に自覚はないのだろうが、ベリアルの視線からサンダルフォンを隠す行動は、独占欲の表れと言える。

サンダルフォンを破棄する、とルシファーがルシフェルへ告げたのが7日前。
ルシフェルが空の島々へ視察に赴いたのが6日前。
サンダルフォンを破棄ルートに回したのが5日前のこと。
「天司長サマが戻ってくるまでに終わらせるカンジ?」
「急く必要はない。アレには『被検中』と伝えれば良いだけだ」
あれ? とベリアルは疑問符を上げた。
「被検後に破棄するって意味だろ? ならわざわざ天司長サマ騙す必要は」
あるのか、と聞きかけたところで、口を閉じた。
(あー、そういうこと…)
我らが造物主は、何とも頭が回るものだ。





生体機能を停止させた状態のサンダルフォンを、ルシファーは改めて眺めやった。
「ふむ…」
天司長のスペアを、ルシフェルに造らせる必要性は特になかった。
単に、己に似せて造ったルシフェルが、どのような天司を造るのか興味が湧いた。
ただそれだけだ。
造形の手本は研究員とすでに稼働済みの天司、それに研究員が気まぐれに持ち込んだ生き物以外にはない。
そう思っていたのだが、このスペアを観察するとそうでもなかったようだ。

目の色は確か赤だった、しかしベリアルの目の色とは少々彩りが違う。
髪は茶色いが、何を思ってこの色にしたのか。
全体的に身体の線は細く、ルシファーと比べても小柄。
顔立ちは美しいが、大人の造形とは言えまい。
「…幼い方が好みということか?」
いやそもそも、あれに選り好みするという認識が備わっているのか。
「新しい発見だな…」
となると、前提にしている物事を取り払わなくてはなるまい。
ルシファーはサンダルフォンの翼へ目を向けた。

「…ああ、『空』の世界を参考にしたか」

天司の翼は白い。
ベリアルとサンダルフォンを除いて、すべての天司がそうだ。
天司長ルシフェルがそうであったから、他の天司を造った者たちも倣ったのだろう。
他方、サンダルフォンの翼は、茶のグラデーションの中に根元から先へと白い筋が入っていた。
模様と言った方が適切だろうか。
「これは猛禽と言うのだったか」
空の世界で、鳥類の頂点に立つ鳥の翼だ。
天司たちの中に居るとなれば、それはそれは目立ったであろう。
実際はそんな機会など来なかったわけだが。
「…この骨格では筋力は期待出来んな。小回りは利きそうだが、幼い容姿というのはマイナス要因が多いというのに」
はて、何だこれは。
ルシファーはなおも首を捻った。
「色はまあ、何でも良い。だがなぜ、こんな中途半端な…」
そこまで呟いて、ようやく気づく。

「そうか。『進化』か」

『天司』は星の民と同じく、完成されたものだ。
完成されているからこそ、ルシファーは空の世界の不完全さと『進化』に興味を抱いた。
「天司に成長はない。それを知りながら、これをさも成長途上のように造ったということか」
もう少し、ルシフェルの手元にある状態でも観察すべきだったか。
思ってもいないことを胸中で語り、今は羽として露出しているコアへ指先を滑らせた。


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2018.5.19
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