リキャスト

3.




目覚めたそこに、特筆して語るべきものはなかった。
「起きたか。…お前の名は」
「…サンダルフォン」
「俺の名は分かるか」
「…はい。ルシファー様」
ふむ、と天司長ルシフェルを造った星の民は、手元のボードに視線を下げた。
「上半身を起こしてみろ」
言われ、腹筋に力を入れて起き上がる。
身に纏う薄い検査着は、今までに着ていたものと同じようだ。
「上半身に異常は」
「…ありません」
「そうか。立ってみろ」
寝かされていた検査台から足を下ろし、地に足をつけた。
「ふん…現時点ではこんなものか」
ようやく、ルシファーの目がサンダルフォンに向く。
「羽を出してみろ」
そういえば、羽は仕舞われた状態だった。
いつものように顕現させようとして、え、と戸惑う声が勝手に出た。

サンダルフォンの身体が、ぐらりと前へ傾ぐ。

硬い床に倒れる覚悟をして目を閉じたサンダルフォンだったが、予想に反してぽすっという柔らかな布地の音がした。
「…?」
目を開けると、白い布地と金の装飾が視界に入る。
「?!」
「落ち着け。この程度でどうこうはせん」
状況に息を呑んだ気配を察したのか、耳元でルシフェルと同じ声がした。
(は? …え?)
倒れそうになったサンダルフォンを、ルシファーが片手で支えている。
こんなことをする人柄ではないと思っていたのに。

「わぁ…ファーさん露骨ー」

似たような感想を抱いた者が、この部屋に居たらしい。
ベリアルの声だ。
一度だけ、試験管の中で話したことを覚えている。
「蹴り出されたくなければ黙っていろ」
「おーこわっ。了解了解」
ちょうどルシファーの顔の向こうに居るようで、サンダルフォンにはベリアルが見えない。
「おい。そのままで良い、自分の羽を見てみろ」
緊張で身体が固まっているが、サンダルフォンは何とか視線を自身の後方へ向けた。
「…え」
茶色くない、しかも増えてる。
「今のお前の羽は3対6枚だ。それを念頭に動かせ」
「は、い…」
翼の数が増えたからといって、動かし方が変わるわけではない。
バランスを保つよう心掛け、慎重にルシファーから離れた。
(3対6枚…ルシフェル様の羽と同じ…)
1枚を自身の前へ回して、撫でてみる。
柔らかくつるりとした羽触りは良く、色は暗闇を溶かしたような艶やかな黒。
「他に問題はあるか?」
羽の他に違和感はあるか、という意味だろう。
サンダルフォンは首を横に振った。
「いいえ」
羽は仕舞った方が良いだろうか。
「ふん…」
ボードへの書き込みが終わったらしい、冷たさを纏う青の眼がサンダルフォンを見下ろした。

「サンダルフォン」

初めて、ルシファーがサンダルフォンの名を呼んだ。
その意味を察せない程、サンダルフォンは愚鈍ではなかった。

「お前の役割を再定義した。せいぜい、役に立つんだな」

遊びの多い服の裾を翻し、ルシファーは部屋を出て行く。
返事を待つことさえしなかった。
(それはそうだ)
なぜなら、それが当たり前のことだからだ。
サンダルフォンは顕現させたままの黒い羽を手元へ寄せ、ぎゅ、と掴む。
ーーールシフェルのことが、壁を何枚も隔てたように遠い。

「その羽、気に入ったかい?」

顔を上げれば、黒い男が目の前に立っていた。
「アンタがベリアル」
「そうだ。覚えてたのか、嬉しいねえ」
サンダルフォンが今まで見てきた、どの星の民とも天司とも違うタイプだ。
「ファーさん、どんな羽にするか決めてなかったからさあ、俺が言ったんだ。『天司長の羽を黒くしようぜ』ってな」
言ってから、彼はニヤリと唇を歪めた。
「けど、思った以上にキミに似合ってる」

天司長が大事に囲っていた天司が、無垢な目をして、まるで堕天したかのような翼を広げて佇んでいる。

貞淑な処女を犯したような、そんな高揚が湧き上がり、ベリアルは唇の端を舐めた。
「アンタの羽は違うのか?」
彼の疑問に応えるように、仕舞っていた羽を顕現させる。
「…!」
3対6枚、黒という色も同じだが、明らかに違う種類の羽だった。
目を見張ったサンダルフォンが思ったのは、手触りが悪そうだなといったところだったが。
「羽が違う…」
「そう。ファーさん直属の堕天使だからな、特別製さ。サンディもな」
「俺…?」
ベリアルはサンダルフォンが彼の羽を掴む手に唇を寄せ、ひとつ口づける。
「キミのコアの調整はまだ終わってない。それが終われば、キミも晴れてルシファー直属だ」
羽を仕舞うよう指示され従うと、手を引かれて部屋を出た。
「まずは飛ぶ練習をしよう、サンディ。まだ重いんだろう?」
「重い…というか、……違和感が」

その違和感が、もっとも大切なことであったとサンダルフォンが気づくこともなく。
ひらり、と最後の鳶色の羽が抜け落ちた。


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2018.5.19
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