リキャスト

4.




天司の拠点、カナン。
かつて使われていた研究所が併設されたここには、サンダルフォンがルシフェル復活のために再利用した設備がある。
そのさらに奥、星晶獣の実験棟に混じって隠された部屋。
『ルシファーの遺産』の封印が緩むまで、ベリアルが隠れ家のひとつにしていた場所だ。
数多くの星晶獣の気配が残る実験棟では、たとえルシフェルであろうと気配が他に混ざり同一になる。
(ここが何処かはどうでも良い…)
サンダルフォンは滲む視界に戸惑った。
(なぜ?)
扉を閉めこちらを振り返ったベリアルが、苦笑と共にサンダルフォンへ手を伸ばしてきた。
「そんなに泣くなよ、サンディ」
(泣く?)
サンダルフォンの頬に触れた彼の手が、濡れる。
自分でも反対側の頬に手をやって、ますます困惑した。
(なぜ…?)
ごし、と目許を擦るサンダルフォンの手を掴み止めさせて、ベリアルは思案する。
(こりゃ、自分でも分かってねえなあ)
『ルシフェルのサンダルフォン』である彼の表層コアは、役目を終え消滅した。
ゆえに、ここに居るのは『ルシファーのサンダルフォン』だ。

パンデモニウムに亀裂が生じたとき、こちらでも予想外にサンダルフォンの『スイッチ』は切り替わった。
結果だけを見れば、彼は今『ルシファーのサンダルフォン』としてベリアルの隣に居り、問題はない。
問題があるとすれば、パンデモニウムを抜け出してからの彼の記憶が、あまりに濃密過ぎたことだろう。
おかげで、表層コアの後始末が上手く機能していないと見える。
「サンディ」
ベリアルは彼の顎を掴み上向かせると、徐に口づけた。
サンダルフォンの目が丸くなる。
「ん、んぅ…!」
突然のことに縮こまった舌をつつき、ぬるりと擦り合わせる。
元より、ルシファーの手で互いのコアの一部が交換された身だ。
口づけひとつとっても欠けが埋まる心地で、驚くほどに気持ちが良い。
唇を離すと、サンダルフォンの目はすでにとろりと解けかけていた。
「ぁ、ベリアル…」
「ハハッ! 最っ高に腰にクる声だぜ、サンディ」
耳を擽ってやるとピクリと震えて、小動物のような反応をする。
ベリアルは努めて優しい声を出した。
「二千年ぶりのソドミーでトんじまおうぜ。もうサンディには俺だけだろう?」
ベリアルだけ。
(そうだろうか…?)
ルシファーは死んだ、ならばそうだ、他には何も。
(ルシフェル)
浮かび上がった名前を、サンダルフォンは喉の奥で握り潰した。
「…そうだな。お前だけだ」
呟いて自ら口づけてきたサンダルフォンの腰を抱き、ベリアルも愛撫を再開する。

(ああ、ほんと…可哀想で可愛いなあ、サンディ)

彼の意思ほど、薄っぺらに扱われているものはないだろう。
ルシファーにとってはただの星晶獣。
ルシフェルにとっては何も出来ない庇護下の鳥。

哀れで愛しい、ベリアルの妻。


End.
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2018.5.19
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