イージーライフモード!

3.お名前をどうぞ




はた、と我に返った。
「…?」
フォークに刺したケーキを口に放り込んだところで、じんわりとした甘さが口の中に広がる。

うん、美味しい。
何だっけ、そう、確か誕生日のお祝いだ。
誰って、俺の。
何歳だったっけ、ええと、6歳? あれ?
…6歳?

「?」
ついに首を傾げてしまった。
「どうした?」
舌でも噛んだか、と心配してくる隣りの2番目の兄にふるふると首を横に振る。
ケーキはまだ目の前の小皿にあるので、次の一口へとフォークを動かした。
空いているテーブルの端には、誕生日プレゼントが積んである。
そう、積んである。
図ったのだろうが、両親と2人の兄からそれぞれに本をプレゼントされた。
まだ開けてはいないのだが、第1巻から第4巻までらしい。
それ以降も続刊している物語だというので、人気があるのだろう。
「版数は違うが、俺たちも持っているぞ」
1番上の兄が言うには、彼らも両親から贈られたという。
同じ家に同じ本が複数あるというのも不思議なことだが、2人共が気に入りの本なのでちょうど良いという話だ。
喉が渇き、傍らのカップに手を伸ばす。
程良い温度に淹れられた紅茶は、今日はダージリンと言っていた。

(珈琲が飲みたい)

いや、苦くて飲めたものではないか。
どうもカフェオレでも難しいような気がする。

ケーキを食べ終わり、紅茶も飲み終わった。
すると隣りの兄が椅子から抱き下ろしてくれる。
貴族の子息であれば誕生日会など大々的に催されそうなものだが、この家は騒がしいのを好まない当主と妻、その息子が揃っている。
さすがに成人となる誕生日はそうはいかないそうだが、身内で祝う方が余程楽しいと言っていた。
(堅苦しくなくて、結構なことだ)
「サンダルフォン。プレゼントはここで開けるか?」
1番上の兄が聞いてくる。

サンダルフォン、俺の名前だ。

「へやであけてよみます」
「そうか。なら俺の部屋へ行こう。読み聞かせしてもらえばいい」
後ろは2番目の兄への言葉で、唐突に言われた彼は眉を寄せた。
「おい、俺がやるのか」
「だってお前、得意だろう?」
俺としては、どちらの兄も良い声だし聞き取りやすいので好きだ。
そのまま2番目の兄に手を引かれ、手摺すらまだ届かない高さの広い階段を上る。
人数に対して随分と広い屋敷なのは、ある程度の体裁が必要だからだといつだったか話しているのを聞いた。
空の民は体裁も気にするのか。
ああ、けれど、地位の高い人間が見窄らしいのは、確かに示しがつかないだろう。
…あれ?
(空の民…?)
包みに入った本は纏めて1番上の兄が持ってくれている。
向かうのは彼の部屋だろう。
サンダルフォンにはまだ1人での読み物は難しく、分からない単語や言い回しが多い。
兄の部屋に着く直前。
自分の手を引く兄の後ろ姿と、先に居る兄の後ろ姿が。
(ああ、)
そうか、思い出した。
扉を閉めた2番目の兄の手が、サンダルフォンから離れる。
言葉は自然とまろび出た。


「炎帝パーシヴァル」


2番目の兄が、目を見開いた。


「竜殺しの英雄ジークフリート」


1番目の兄が、驚いて振り返る。


そう、やはりそうか、そして自分は。
小さな手を見下ろして、呟く。


「…天司長サンダルフォン」


これは、なんだ?


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2018.5.26
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