イージーライフモード!(2)

1.クラスメイト




人だかりが出来ている。
何となく、何となくだが、サンダルフォンはこれが自分の知り合いが渦中だと察していた。

学年も新たになり、向かう建屋が新しくなった季節。
向かう先の人だかりを無視するには、少々寝覚めが悪い。
『かつて』に比べると随分と丸くなった、と思うのはこんなときだ。
「おい、何があった?」
人だかりの中程まで無理矢理に入り込み、自分と同じ学年のネクタイをした男子生徒へ問い掛ける。
なぜか相手は思わぬ相手を見たような顔をしていたが、何だろうか。
「っ、あー、ええと、アイルが上級生に絡まれて…」
アイル。
まさに知り合い…クラスメイトだった。
「それで?」
「あいつ、愛想ないだろ? 一言挨拶して立ち去ろうとしたんだよ。けど向こうが3人組でさあ」
「…分かった。ありがとう」
みなまで訊かずとも解る展開だった。
礼を言って、サンダルフォンは溜め息を飲み込む。
(厄介事は早期解決に限る)
ほんの少しだけ腹に力を入れ、声を出した。

「すまないが通してくれ」

前方しか見ていなかった人だかりが、思わずといった体でサンダルフォンへと道を空けた。
「おい、サンダルフォンだ」
「まじかよ。初めて見た」
ひそひそ、と交わされる彼らの会話は、初めから耳に入っていない。

騒ぎの中心には、同じクラスの男子生徒であるアイルと、彼に絡んでいる金髪の上級生。
その上級生の脇にいる2人は囃し立てているだけだろう。
アイルは友人というには些か関係性が希薄だが、物静かかつ的確な受け答えをする彼をサンダルフォンは気に入っていた。
(さて、)
脇に抱えていた教本一式を持ち直す。

「そこまでにしてください」

苛々と金髪の上級生を睨み上げていたアイルは、突然視界を遮られて目を瞬いた。
うん、どう見ても教本だ。
教本を仕切りにいがみ合う両者の視界を割ったサンダルフォンは、まずアイルへ視線を向けた。
「アイル。君は沸点が低いことを自覚すべきだ。それと最低限、敬語だけは使え」
「…っ、サンダルフォン」
それから、とサンダルフォンの目は自分より背の高い金髪の男へ向けられる。
「あなたの名前は存じませんが、アイルにも非があったのでしょう。ただ、先輩だからと後輩を揶揄うにも限度というものがあります」
一度言葉を区切り、ときに、と続けた。
「あと3分で本鈴が鳴りますが、あなた方は間に合うんですか?」
げっ、と慌てふためいたのは取り巻きの上級生2人だ。
「やっべ! あの教授、遅刻したら鬼レポートだぜ?!」
「おい、行くぞ!」
肝心の金髪の上級生はというと、なぜか興味深げにサンダルフォンを見下ろしていた。
「…なにか?」
「お前、なんかアイツに似てんなあ。兄弟いる?」
「…いますが。歳が離れてますので、この学校には居ません」
「ふぅん」
彼はサンダルフォンの後ろのアイルへちらりと視線をやって、にやりと笑った。
「俺はボーマン。悪かったな、ついちょっかい掛けちまってよ」
サンダルフォンの名前はすでに承知のようだった。
あっさりと、じゃあなと片手を振って別の建屋へ歩いていった彼をしばらく見送って、サンダルフォンはアイルへ向き直る。
「ほら、俺たちも行くぞ」
「あ、ああ」
人だかりへ目を受けると、みな我に返ったのかバタバタと各々の行き先へと散っていく。

「あっ、サンダルフォン来た!」
「良かった。遅刻するかと思ったよ」
目的の教室へ向かうと、男子生徒と女子生徒が揃って顔を覗かせていた。
よく似た顔の2人は双子で、男の方がグラン、女の方がジータ。
「…間に合ったか」
やれやれと肩を竦めて教室へ入れば、アイルが気まずそうにこちらを見る。
「その、オレのせいですまない。…助かった」
「通り道だったから気にするな。だが理由は訊かせてもらうぞ」
有無を言わさぬ口調で告げる。
彼はサンダルフォンから視線を逸らしたが、小さく頷いた。



「それは災難だったね…」
「たまにあるみたいだよ。先輩にタチ悪く絡まれるの」
昼休みに入り、揃ってカフェへ移動した。
サンダルフォンがアイルと遅刻ギリギリに現れた理由を聞き、グランとジータは眉尻を下げる。
「それで? あの男とは知り合いなのか?」
サンダルフォンに問われ、アイルは首肯した。
「…ストリートファイトで声掛けられて」
「……は?」
「えっ?!」
小声で齎された回答に、3人揃って目を丸くした。
「ちょっ、何やってんのアイル!」
「バレたら退学ものだよ?!」
自然、こちらも声は小さくなる。
「分かってる…」
「分かってないよ! まさか今もやってる?!」
顔ごと視線を逸らされたのが答えだろう。
「場所は?」
「…△△△通りの先の」
聞いた地区はあまり治安がよろしくなく、学校側から近づくなと注意が出ている。
グランは机に両手をつき、アイルへと身を乗り出した。
「駄目だよ、アイル。そこにはもう行っちゃ駄目だ」
「グラン…」
「なんでアイルがそこへ行くのか、僕には分からないけど。でも他の方法を探した方が良い」
「そうだね。私たちも一緒に探すから!」
勝手に頭数に入れられた気がするが、サンダルフォンは黙ってサンドウィッチを口に運ぶ。
「ね、サンダルフォン!」
案の定、ジータが同意を求めてきた。
「なら、頑張って本人から詳細を聞き出すんだな」
分からないことにはどうしようもないし、察することなんて出来やしない。
それは『かつて』の世界で痛感した。
「えー! そういうの、サンダルフォンの方が得意じゃない!」
「俺に押し付けるな」
横目でちらりとアイルを見れば、「藪蛇…」と言わんばかりの顔をしている。
「安心しろ、アイル。この2人から逃げるのは無理だ」
「それ安心じゃねえよ…」
アイルは今度こそ項垂れた。





兄は運良く在宅のようだ。
サンダルフォンは見つけた兄を掴まえ、直接聞いてみた。
「パーシィ兄上。△△△通りの辺りって、行ったことありますか?」
パーシヴァルは考える素振りを見せた後、徐に頷く。
「ああ、あの治安の良くない地区だな。あるぞ」
意外だった。
「意外そうだな。顔に書いてある」
「えっ」
思わず頬に手を当ててしまった。
「そんなに分かりやすいですか?」
グランには『サンダルフォンって表情変わりにくいよね』と言われるのに。
パーシヴァルはくすりと笑い、可愛い弟の頭を撫でた。
「身内とそれ以外で、表情の出し方が変わるのはおかしくはない。外で分かりにくいと言われるなら、それは武器にもなる」
『かつて』に生きた年月だけでいえば、サンダルフォンは2人の兄より桁違いの永さを生きた。
けれどサンダルフォンは『空の民』ではなかったし、被造物だった。
人の感情やその機微は、彼らの方が余程よく知っている。
「あそこは鬱憤の溜まってる奴らが集まるからな。憂さ晴らしによく出掛けた」
「よく…」
「俺にその場所を教えたのはジークだがな」
「えっ」
意外…でもないが、なぜだろう。
やはり顔に出ていたのか、パーシヴァルは苦笑とも取れぬ曖昧な笑みを浮かべた。
「あの世界と今は違い過ぎる。独りで抱え続けるには、自らの軋轢を発散する方法も必要ということだ」
サンダルフォンには、パーシヴァルとジークフリートが居た。
パーシヴァルには、ジークフリートが居た。
ーーーでは、ジークフリートには?
押し黙ってしまったサンダルフォンの頭を、パーシヴァルの優美な指先がもう一度撫でた。
「思うところがあるなら、もっと遠慮なく甘えてやると良い。最近は忙しいようだしな」
大学を卒業する前から、ジークフリートは実家の管理する財団のひとつを任されていたらしい。
途中で兵役を挟んでいたのは、『かつて』と変わらず彼が戦う者だからだろうか。
サンダルフォンがそれらを知ったのは、ほんの1年前のことだ。
「…ジーク兄上は、今日はもう戻られないですか?」
「そうだろうな。週末には父上共々、必ず戻ると言っていたが」
ならばそのときにまた考えよう。
目先のものを処理しなければ、先に対する目も曇る。
自室へ下がるのだろう、パーシヴァルが扉へ手を掛けながらサンダルフォンを振り返った。
「サンディ、あそこへ行くなら貴重品は持つなよ。スマートフォンはGPSをONに、レコーダーは別に持て」
「はい」
行っても良いが、用心を重ねろということだ。
(本当にアイルがそこに通っているというなら、情報が欲しい)
グランはお人好しすぎるし、女子のジータを巻き込むのは気が咎める。
明日の放課後にでも行ってみるか、とサンダルフォンは1人決意した。


>>


2018.6.5
ー 閉じる ー