授けるアポリア
2.
1対のアバター、取り逃がしていた片割れ。
特異点一行と現存している天司の全勢力をもって相対したそれは、決死の覚悟の甲斐あって消滅させることが出来た。
黒幕たる黒衣の男も塵と消え、ベリアルも最後の最後に取り逃したが、コアの損傷具合から助かることは不可能だろう。
だから。
「…最後の最後に、厄介なものを遺す」
あなたはきっと頭が良すぎたんだ、ルシファー様。
(何も知らなかった頃の俺のように、ただ空と星晶獣の研究に打ち込めていたなら)
誰にも聞かれぬよう、声もなく呟いた。
サンダルフォンの眼前には、一面の大空ではなく忌むべき事象が広がっている。
ーーー『裂け目』だ。
言って字の如く、空を上空から底へと真っ二つに切り裂く巨大な裂け目。
向こう側はまだ見えていないが、じわじわと広がってきているのが解る。
すでにグランサイファーは目視できない先まで退避させた。
下位の天司たちも、先に本来の役目へ戻らせている。
残っているのは、四大天司と天司長のみ。
「気配がするわ。水の気配が」
裂け目を見据えていたガブリエルが、ぽつりと呟く。
「そうか。他は?」
ミカエル、ラファエル、ウリエルが続けた。
「火の気配が感じられる」
「…風は吹いているようだ」
「土の気配もある」
サンダルフォンの問いに、それぞれが回答を寄越す。
天司長の証たる6枚羽の力は、先の戦いで多くを使ったが使い切ってはいない。
ゆえに解った。
「裂け目から、エーテルの気配がほとんどしない」
無いわけではないが、ほぼ四大元素と言っていい。
四大元素とエーテル、それがこの空の世界を支えているが、そのエーテルが存在しないということは。
「この裂け目は、『空』に続いているわけではないということか」
サンダルフォンは天司長の力を掌に収束させ、裂け目に向けて翳した。
思わず、ああ、と溜息のような声が漏れる。
(閉じられないわけではない、が)
解決は出来る。
犠牲が必要。
何をどうする?
それぞれが最善を探す中で、決定権は天司長たるサンダルフォンにある。
いや、最終的にはサンダルフォンにしかどうにも出来ない。
「…ミカエル。ラファエル。ウリエル。ガブリエル」
一人ずつ名を呼び、振り返った。
「君たちの羽を、1枚ずつ俺に預けてくれ」
彼らは一斉に瞠目する。
脳裏を過るのは、いつかにサンダルフォンが起こした災厄だろう。
それを見越した上で、続けた。
「代わりに、天司長の羽を1枚ずつ預ける」
敏い彼らはすぐに事の次第を察した。
「…っ」
ゆえに彼らは顔色を変える。
「…本当に、やるのか」
珍しい、ミカエルにしては真から心配する声音だった。
サンダルフォンは首をゆるく振る。
「やらなければならない。これは俺たちを含めた『天司』というシステムが齎した傷跡だ。
どんな方法を用いてでも、解決しなければならない」
もっとも、と口の端を上向けた。
「このような方法を思いつくとは、空を落とそうとした甲斐があったな」
あの災厄では空の民の住まう島こそ落ちなかったが、小さな島々は空の底へ落ちた。
その手段は、彼ら四大天司の羽の力を使って元素の安定を乱すこと。
エーテルだけでは島は浮かばないのだ。
サンダルフォンの差し向けた冗談にグッと言葉を飲み込み、差し出された彼の手にまずガブリエルが己の手を乗せた。
淡く、青い光が2人の両の手で明滅する。
その光が消えたとき、ガブリエルの右翼上段の羽は真白に輝いていた。
同じようにして、ミカエルは右翼下段、ラファエルは左翼上段、ウリエルは左翼下段が取り替えられる。
サンダルフォンが背負っていた真白の6枚羽は、中央の1対を除き四大元素に纏(まつわ)る羽へと変化していた。
「俺の姿が見えなくなったら、すぐに取り掛かってくれ」
まるで未練など無いとでも言うようだと、ウリエルは向けられた背に思う。
彼は戻ってこられるのだろうか。
否、存在を保持し続けられるのだろうか。
「天司長サンダルフォン」
呼んだ名に振り返る肩越し、自分たちや前天司長に比べると酷く純粋な色を称える目がこちらを捉えた。
「…どうぞ、ご武運を」
空を支える四柱は厳かに頭を下げ、何処とも知れぬ空間へ旅立たんとする長を見送る。
彼らを見回した幼き天司長は、彼には珍しく無垢な笑みを浮かべてみせた。
「ありがとう」
ーーそれが、サンダルフォンを見た最後であった。
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2018.11.11
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