この穹(ソラ)に願いを

3.天使と天司




食堂に繋がる通路で、そわそわとしている人物を見つけた。
「カレン!」
「あ、団長! ナナリーの容態は…?」
小康とはいかないが病の進行が抑制されたことを伝えると、彼女は大きな息を吐く。
「良かった…」
この人は真っ直ぐで、嘘のつけない人なんだなとグランは思う。
「カレン、スザクを見ていないか?」
カタリナの問いに、カレンは一転、難しい顔をした。
「あいつなら、C.C.が顔を貸せってどこかに連れて行ったわ。騎空艇を降りてはいないはずだけど…」
訊いたところによると、スザクだけはルルーシュたちと敵対する勢力に属していたという。
おまけに彼によってカレンたちは仲間を幾度となく殺されており(逆も然り)、複雑な心境は察するに余りある。

彼女も一緒に、グランたちは甲板へ出た。
この島は停泊場がないので、騎空艇グランサイファーは町外れの草原に停まっている。
たまに魔物が湧いてくるため、騎空艇の見張り台が空になることはない。

ちょうど見張りに立っていたスーテラが、異変に気づいた。
「3時の方向に魔物! 数は8体、向かってきます!」
カレンはKMF(ナイトメアフレーム)の乗り手としては優秀だが、武術についてはしっかりと学んだことがない。
魔法という元の世界にない概念には、どうにも対処しづらかった。
(誰かに剣を教えてもらわないと…!)
スーテラの声に反応した数名が迎撃に向かおうとするが、その前にカレンは信じ難いものを見た。

「消えろ」

どこからか宵の空のような剣が現れて、瞬く間に魔物たちを切り刻む瞬間を。
「……えっ?!」
なんだ、何が起きた?
「サンダルフォン殿! 助かりました!」
「構わない。ざっと見たが、他には居ないようだ」
「了解です」
見張り台のスーテラが誰かと話しているが、おかしい。

だって、彼女の立っている場所以外に足場はない!

「は…? て、天使?!」

背に翼の生えた人、が居る。
(そ、空を飛んでる!!)
どう見ても、聖書に書かれている『天使』そのものだ。
カタリナが不思議そうな顔をしてカレンを見た。
「カレン、君の世界にも彼のような存在が居るのか?」
「えっ?」
「今、『天司』と言っただろう? 彼はサンダルフォン。君の見たユグドラシルたち星晶獣よりも遥か昔、星の民によって創られた原初の星晶獣…原初獣だそうだ」
あれ? とカレンは思った。
「ええっと…確かに、天使って言ったけど…。私たちの世界の宗教のひとつに、天の使いっていう存在が出てくるの」
「天の使い?」
「そう。神様の伝令役…だったかな。背に翼が生えている人間で、いろんなタイプが居て。それが『天使』」
カタリナはグランと顔を見合わせた。
「似たことを言っているけど、何か違うね…」
「ああ。似て非なるもの、と言うべきか」
そのサンダルフォンがグランの姿に気づく。

「見ない顔だな。新入りか?」

舞い降りてきたサンダルフォンという人物がこちらを見て、カレンはドギマギとした。
(び、美人…!)
カレンの中で美女といえば、生徒会長のミレイとあのいけ好かないC.C.。
美形といえばルルーシュと、敵でありすでに死んでいる皇族(つまりルルーシュの異母兄だ)のクロヴィスだった。
鷲のような力強く美しい翼の人物は、声の高さからして男性なのだろう。
なのだろう、が。
「ちょっと、脚綺麗過ぎない?! しかもヒール履いてるし凄く似合う!!」

カレンは混乱していた。

困惑したのは、グランよりもサンダルフォンだ。
「…どうしたんだ? 彼女は」
「あー…あー……うん、ええと、彼女はカレン。ちょっと前に異世界から飛ばされてきたみたいで」
サンダルフォンが額を抑えた。
「また異世界か…。エーテルの制御も状態も問題ないというのに、後世の星の民は星晶獣に機能を盛りすぎだ」
それにはグランも頷く。
「僕も思うよ…。それで、異世界からの兵器…は、カレンたちのもの以外は全部壊したけど、磁力を操る星晶獣が敵の方に居て」
「磁力? また珍しいタイプだな」
俺も詳しいわけではないが、と腕を組んだサンダルフォンに、グランははたと気づく。
「あれ? ルシオも一緒じゃなかった?」
「先に艇に戻っていたはずだが」

スザクは混乱していた。
真白に輝く6枚の翼を背負った男が、唐突に現れたので。

「異世界の来訪者が多いですねえ。しかし皆、私の美しさに見惚れてしまう。美しさとは罪なものです」
「とんだナルシストだな…。だがまあ、とんだ美形であることも確かか」
キラキラとしたエフェクトを隠さぬルシオと名乗った男に、C.C.は呆れを混じえて返す。
一方のスザクは、先程までC.C.に問い詰められていた事柄との温度差も相俟って、目の前の理解がまったく出来ない。
「は? え? 天使? いや、まさか」
突発事態に弱いのはルルーシュの方だが、さすがにこれは違ったようだ。
「お前、散々魔物を倒してきたろう。何を今更」
呆れをスザクに向けたC.C.に対し、ルシオがまたややこしいことを言い出す。
「私は主により創られた者ですから、『天司』とは別ですよ」
C.C.が首を傾げた。
「天使ではないのか? 羽があるのに?」
「おや。あなた方の世界では、翼のある人型の生き物はテンシと言うのですか」
「宗教の想像上の生き物だ。神の伝令役だから、そこはお前と似ているな」
「ふむ。興味深いですねえ」
というか、その声はスザクに似ていて複雑だ。
「ルシオ殿」
凛とした声に振り向くと、朱い鎧に身を包んだ女性が立っていた。
「天司長がお呼びです。それに、団長に報告をしていないのでは?」
「そういえばそうでした。アテナさん、サンちゃんはどちらに?」
「外だ」
「ありがとうございます」
にこやかと笑うルシオの背の翼が霧散し、小さな玩具のような羽になる。
「お前…、それは必要なのか?」
「可愛いでしょう?」
「かわ……ああ、ルルーシュに付いていたら確かに可愛いかもしれない」
「C.C.?! 何言ってるんだっ?!」
彼女も実は混乱していたらしい。
スザクがツッコミを入れるというレアな光景がそこにあった。


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2019.7.29
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