日も落ちて、忘れたように雪が降り始めた。
「こんなところに居たんですか」
誰も居ないはずの公園で声を掛けられ、羽村はぎょっと肩を竦めた。
「びっくりしたぁ、吉野くんか」
どうしたの? と問えば、やや大人びた顔に苦笑が浮かんだ。
「羽村さんが、『ちょっと頭を冷やしてくる』って言ってずっと戻って来ないからですよ」
公園入口の時計を見上げれば、確かに20分は経過していた。
「あはは…ごめんね、わざわざ」
「…いえ」
一番複雑な立場なのは、羽村さんですから。
落ち着いた声音で当たり前のように言われ、それがすとんと胸に落ちてくる。
「そうなんだよねえ…」
せっかく立ち上がったのに、またブランコに腰を下ろしてしまった。
「やっと魔法の使い方が身に付いてきて、"はじまりの樹"がとんでもないモノだって分かってきて。
これからだ! って覚悟を決めようとしてたんだけどさ…」
まさか、一夜にして全世界指名手配犯になるとは。
夜の暗さだというのに羽村の頭上に暗雲が見えて、吉野は吹き出した。
「ちょっ、笑い事じゃないよ…」
「すみません。つい」
だが、笑うと彼も歳相応だった。
(いや、普段から冷静すぎるんだって)
羽村は常々思っているが、吉野も真広も、己より年下で高校生だなんて思えない。
それは葉風にも当て嵌まるのだが、彼女は"姫"であるので除外する。
柵の向こう側に居た吉野が、羽村に歩み寄った。
彼は隣のブランコに腰掛け、人の重みで錆のある鎖がキィと軋む。
「…絶園の力は、もう必要ないですか?」
吉野の声は、静かに降り続く雪のようだ。
街灯に遮られ瞬きの少ない星空を見上げてから、羽村は己の掌を見つめた。
ほんの少し意識すれば、宙に光球が現れる。
「うーん…早計は出来ないんだ。必要になるときは、たぶん来ると思う。でも、」
やっぱりそのときも、僕の手にあるのかな。
(何で、僕なんだろ…)
力に目覚めてからいつでも絡みついていた疑問は、途切れることなど無く。
無ければ何か変わっただろうか?
(…フラれるかどうかは、たぶん関係なくて)
例えば今隣りにいる吉野や真広、葉風たちとの関わりなど皆目存在しなかったことだけは確かで。
彼らには本当に感謝している。
ただ、
「僕の手には、大き過ぎるよね」
幸か不幸か、ではなくて、ただそう思う。
クスリと笑みが聴こえた気がして、羽村は顔を上げた。
「吉野くん…?」
いつの間にか立ち上がっていた吉野が、こちらを見下ろしていた。
「貴方がそう言うなら、仕方ないですね」
「え?」
街灯が逆光となり、表情が窺えない。
「羽村さん、」
雪が、止んだ。
「その力、僕が引き取ります」
記憶が途切れたような、気がした。
「…え?」
突然視界が真っ白になったが、何だったのだろう?
「羽村さん?」
きょとんとこちらを見下ろす吉野に、あれ? 気のせいか? と混乱する。
「大丈夫ですか? 雪は止みましたけど、だいぶ冷えてきましたし」
早く戻りましょう。
「…そうだね、戻るよ」
ブランコから立ち上がり、羽村は片手を額に当てる。
(なん、だったんだ…?)
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どうか良き終幕(フィナーレ)を