吉野が、消えた。
マンションでの部屋割りは、吉野と真広、葉風とフロイライン、羽村と潤一郎となっている。
ゆえに初めに気づいたのは真広であるが、それがまた妙であった。
…ややスペースを空けて配置されている向こう側のベッド。
それぞれのベッドの周囲には、互いに身の回りのものが置いてある。
けれど吉野が使っていたベッドの周りには、何もなかった。
それどころか、ベッドも未使用そのもので。
「え…?」
真広は思わず目を擦った。
それから、どうしただろう?
とにかく手分けして、吉野がどこへ行ったのか、いつ出て行ったのかを調べたのだ。
結果を言うなら、
『何も解らず、何も無い』
堪らず、真広は壁を殴りつけた。
「っ、意味分かんねーぞ…!」
鈍い音に、拳が痺れる。
解っているのに、感情が追いつかない。
彼の目の前では、己の魔法の結果に葉風が愕然と項垂れている。
「なぜだ…なぜ判らんのだ…っ!」
鎖部の魔法には、失せ物や失せ人を探す探知魔法がある。
けれど魔法は、"滝川吉野"を探知できなかった。
"はじまりの樹"の姫宮である葉風が、ここ半年を色濃く過ごしてきた相手を、探知できなかった。
「どういうことだ? なぜ探知できない?」
左門が腕を組みながら唸り、その隣で潤一郎が葉風を見つめる。
「葉風ちゃんの力で出来ないなら、誰もそれ以上の結果を望めないよ…」
だが葉風は、肩で大きく息をしてゆるりと首を振った。
「…いや、まだだ。まだ、手がある」
彼女の視線は、フロイラインと共に状況を見守っていた羽村へ注がれた。
「羽村。お前の力で探知することは出来ないか?」
「えっ?」
絶園の力で人探し?
「で、出来るの…?」
葉風は少々言葉に迷ってから、続けた。
「鎖部の魔法は、"はじまりの樹"の力を借り受けて行うものだ。理に適うものを、理に適った方法で。
だが私は、…吉野を探知できなかった。過程は理に適っているのに、結果が理に適わん」
しかし"絶園の樹"の力なら。
「"絶園の樹"ならば、理に適わぬものを手に出来る」
真広の視線も羽村へ移った。
「…確かに、理屈には合ってるな」
すでに手は尽くした。
ならば。
「や、やってみるよ」
羽村は目を閉じ、意識を集中する。
(たぶん、いつも樹を倒すのに使ってるのとイメージは同じ…で、?)
ハッと目を見開いた。
「羽村…?」
葉風の呼びかけにも気付かず、彼は自分の掌を見下ろし呆然としている。
「おい、羽村?」
「羽村くん?」
幾人もに呼び掛けられ、羽村はようやく声を絞り出す。
「…無い」
昨夜までは、確かに己の内に在ったのに。
「"絶園の力"が、消えてるんだ…」
一体、何の冗談だ。
誰かが発しようとした言葉は、嫌になるくらいの沈黙に吸い込まれた。
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どうか良き終幕(フィナーレ)を