幾度目だろう、出発案内のアナウンスが流れている。
持ってきていた小さめのボストンバックを枕に、どうやら眠ってしまっていたようだ。
(なんか食うかな…)
着いたのは昼過ぎ。
広い窓から見えるのは、覚えのある色より色濃い、紅の黄昏。
ここは国際便ゲートが目前にある、国内で最高の離着陸数を誇る空港の待合室。

眩しさに目を細めた先で、影がひとつ立ち止まった。
「よお。思ったより早かったな」
身を起こし、挨拶代わりに片手を上げる。
「…本当に居るとは思わなかったよ」
被っているパーカーのフードと逆光が、その顔と表情を隠す。
しばらく佇みこちらへ足を向けた相手は、真広の隣へと腰を下ろした。
ごく至近距離に相手を認めて初めて、真広は彼が顔を隠している理由を目に留めた。
「吉野」
呼び掛けにこちらを向いた彼に、そっと手を伸ばす。
指先は相手の右の頬に触れ、なだらかな曲線に沿って首筋へと降りる。
「こいつは…」
フードのお陰であまり目立たないが、今真広がなぞったその通りに、今までに無いものが在った。

黒く、繊細に描かれた植物の紋様。
服に隠され途切れているが、おそらくこれは首下にも続いている。

真広の目には蔦のように思えるが、刺青だろうか。
親指の腹で頬の紋様をもう一度撫でてみるが、実際に描かれているような感じはしない。
…となると。
「こいつは、アレか?」
斜め後方の天井、設置されているテレビを顎で示す。
もう何度聴いたか、流れてくる音声はずっと同じことの繰り返しだ。
ようやく吉野が表情を変えた。
「よく分かったな」
見慣れた苦笑が、普段以上に翳って見える。
「おい、大丈夫か?」
顔を覗き込めば隠せないと踏んだか、吉野は苦しげに笑った。
「なんか、疲労感と眠気が半端じゃなくて」
よくここまで来れたな、とは言わなかった。
吉野の持ってきた荷物を自分の荷物の隣に移して、真広は腰を上げる。
「荷物番ついでに寝とけ。チケット買っといてやるから」
「ありがと…頼む……」
倒れ伏すというのか、荷物を枕にした吉野はあっという間に眠ってしまった。
(どんだけ無茶しやがった、こいつ)
舌打ちを飲み込み、テレビ画面を見上げる。
時間の経過くらいしか代わり映えのない、ニュース報道だ。



『ーーーー本日×時、富士山麓に確認されていた巨大な樹が、突然に消失しました。
政府により"絶園の樹"と呼ばれていたこの樹は、世界各国に出現した"はじまりの樹"との関連性が指摘されておりーー』

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どうか良き終幕(フィナーレ)を