滝川吉野は、"絶園の魔法使い"である。
始め左門やフロイラインたちが疑っていたように、『絶園の心を持った』魔法使いだ。
彼らの推測は極めて正しく、吉野が最初に羽村と接触したのは"絶園の樹"に仕組まれた必然であった。
必然の予測は出来なかったが、自覚ならば随分前からあった。
愛花が死に、初七日の夜半。
どうにも寝付けず目は冴えて、暗がりの天井を見上げていた。
…そのとき。
頭を鈍器で殴られたに等しい、酷い頭痛が吉野を襲った。
痛みを堪えられたのはほんの数秒のことで、程なくして吉野は意識を飛ばした。
「翌朝目覚めたときの衝撃と言ったら、もう二度と体験したくないですね」
遥か高い樹を見上げ、霧で半分以上隠れている幹に片手を触れる。
ざわざわと梢が鳴り、一陣の風が吹いた。
葉風には、樹の幹に触れている吉野へ向けて、"絶園の樹"全体から"力"が流れ込んでいる様が確認できる。
「…その頭痛は、"はじまりの樹"と"絶園の樹"の真実を持ち込んだのか」
吉野は苦笑した。
「そうです。…ああ、でも一応断っておきますけど」
幹に手を触れたまま、吉野は葉風らを振り返る。
「人の心は、魔法でどうにか出来るものではありません。
それは"はじまりの樹"であろうが"絶園の樹"であろうが、同じことです」
だからこそ葉風は思い悩み、潤一郎は危惧し、左門たちは慄いた。
フロイラインが口を開く。
「絶園の魔法使いとしての自覚を持っていた、と言ったけど…。
君は『こうなるため』に動いていたわけではないのよね?」
"はじまりの樹"がそうであったように、理を動かし捻っていたのではなく。
吉野は眼(まなこ)を伏せた。
「…僕はあくまで、愛花ちゃんの死が悲劇とならないように動いたまでです」
でも、このままでは『悲劇』になってしまう。
「なんだと…?」
目を見開いた葉風へ、吉野は淡々と告げる。
「分かりませんか? "はじまりの樹"を保護するなら、"はじまりの樹"と戦ったこの"絶園の樹"は敵だ。
いずれ詳細は漏れる。となると、"絶園の樹"に対する物理的な攻撃が行われます」
「そんなことは…」
「無い、と言い切れないでしょう? それに、鎖部のシールドも無限ではありません」
ぐぅの音も出ない。
押し黙った面々に、吉野はさらに語った。
「"はじまりの樹"は人間を金属化し、吸収する形で消滅させてしまう。それが兵器でも同じです。
他方、"絶園の樹"も自身を守るために対象を破壊することが出来る。でも…」
"絶園の樹"は対象を破壊しても、吸収などしない。
撃ち落とされたミサイルも貫かれた戦車も、併せて殺された人の遺体もそのまま残る。
吉野はどこか切なささえ滲ませ、微笑んだ。
「目に見える死と、消え失せた死。一体どちらが、感情に訴えるでしょうね」
ずきりと、葉風の胸の内で感情が荒れた。
(…だめだ、何も…何も、返してやれる言葉がない)
ただ静かな声が、響く。
「…愛花ちゃんが望んだのは、僕と真広の未来だ。彼女はその為に命を賭けた」
吉野へと流れこむ力の波動がより強くなり、魔法使いではないフロイラインにも光に似た流れが視認できた。
「ちょ、ちょっと…吉野くん、あなた何をする気?」
樹へと向き直り、吉野は目を細める。
「"絶園の樹"を、此処に置いておくわけにはいきませんから」
未だ姿を現さない、"はじまりの樹"の本体。
本体以外を破壊しても意味がなく、となれば"絶園の樹"自体も力を振るう意味が無い。
だが相手が人間であれ、攻撃されれば反撃するだろう。
すると世論はさらに"はじまりの樹"へ傾き、鎖部一族でさえも動き難くなる。
「この巨大な樹を、どこかへ移すと言うのか?!」
驚愕に樹を見上げた左門へ、微苦笑する。
「移す、という点は合っていますが…。世界のどこに移しても、結果は同じですよ」
駄目だ、吉野の言っている意味が解らない。
「待て吉野! お前は何を言っているんだ?!」
力の奔流は輝きを増し、幹に触れる吉野の周囲は光に覆われる。
「『樹の中の樹、大樹の中の大樹。終焉に在りしはじまりの樹。我が力において共鳴せよ』」
光が一点に集中する。
幹に触れた掌に、力を込めた。
「『その身を我が身へ移し、宿れ』」
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どうか良き終幕(フィナーレ)を