「不破室長! どういうことですかこれは!!!」
「はあ?」
会議室を後にし省庁の2階へ降りた真広は、非常に見覚えのある広報担当者に罵声を浴びせられた。
なぜそんなにも見覚えがあるのかというと、今まで片手の数では収まらないほど世話になっているためである。
しかし開口一番に罵声とは、酷い人間だ。
早川よりも歳を重ねている広報担当は、いつものように若い部下を連れている。
そちらはぺこりと真広へ頭を下げ、苦笑を浮かべた。
挨拶代わりに片手を上げ返し、真広は広報担当へ向き直る。
「とりあえず、何言ってんのか分かんねーんだけど」
口をパクパクと開閉させた相手は大きく息を吸い、吐いた。
「……不破室長。今日午前8時に放送された、アメリカANNニュースはご覧になりました?」
「見てねーよ。それくらい知ってんだろ、歩くスケジュール表さん」
「私はスケジュール表ではありません。…とりあえず、あれを見てください」
あれ、と指差された方向には、窓。
真広は窓に近づき下を見遣り、露骨に顔を顰めた。
「なんだよありゃ…」
すわスキャンダルか、という程の取材者の集まりである。
ネットニュース大手や超人気動画サイトの名前の腕章が見える辺り、時代は変わった。
「あなたのせいですよ、あ・な・た・の!」
畳み掛けるように怒鳴られ、さすがに眦を上げた。
「だから、何でそうなるんだよ?」
理屈に合わねえ、と告げれば、部下の方がスマホを差し出してきた。
「えっと、不破室長。とりあえずこれ、見てください」
「…ニュース?」
録画された衛星放送のニュースだ。
内容は、合衆国大統領とエジプト外相の会談。
学生時代に聞いていた頃と明らかに違うのは、『はじまりの樹』消滅後の影響についての話が交わされていることか。
「これが何…」
言い掛けて、真広はぽかんと口を開けた。
場面は会談後に移り、エジプト外交官による記者会見に変わっている。
[次は日本を訪れるということでしたね]
[ええ。あの国には"絶園の樹"がありましたし、最初に"はじまりの樹"の影響を受けた国家です。
我が国のみならず、アフリカ全体に有用な話や打開策が得られると思っています]
[風の噂ですが、日本には外交官の旧知の友人が居るとお聞きしました]
[あっはっは、耳が早いですねえ。その通りですよ]
見知った顔だ。
もう10年近く前だろうか、吉野と世界を巡っていた頃に出会った少年であった。
当時に比べると姿は精悍に、眼差しは理知に富んでいる。
「へえ…でっかくなったなあ、アイツ」
思わず兄の視線で呟いてしまい、広報担当の目がギロリと光った。
会談模様はまだ続いている。
[個人的な用件でなくとも、彼とは顔を合わせることになりますね]
[? 外交関連の方だと]
[ええ。確かこちらの、国防長官補佐のヒルベルト氏とも旧知です]
[あのMr.Fuwaですか!]
もう十分だ。
スマホを部下へ返し、真広は唸った。
「…俺のせいじゃねーだろ」
「貴方の名前が出されたせいでああなったんです。貴方のせいですよ」
それ屁理屈じゃね? と思いながら、もう一度外の様子を見てみる。
「そういえば、エジプト外交官到着は15時でしたよね」
部下の言葉にえっ、と固まったのは真広も同じで、ちょうど今、眼下で黒塗りの送迎車が正面玄関に横付けされた。
時刻は今しも、15時になろうとしている。
停止した送迎車に、取材陣がわっと群がったのが見えた。
「わり、ちょっと行ってくるわ」
広報担当の大きなため息とその部下の小さな溜め息を見送りに、真広は階段へ向かう。
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平凡で、傲慢で、美しき救世主(メシア)へ