ピラミッドやら王家の谷やら、とりあえずの観光地巡りを行い、その後は適当にあちらこちらと彷徨(うろつ)いていた。
真広と吉野は観光客ではあるが、一般人ではない。
目的は観光地ではなく、『はじまりの樹』だ。
色の白い、明らかに観光客と見える少年2人など、現地民にとっては格好の鴨であったろう。
しかし彼らには不幸なことに、くどいようだが真広と吉野は一般人ではなかった。
"鎖部の魔具"と"絶園の魔法"。
現在この世で最強の、人智を超えた2つを併せ持った少年たちである。

鴨だと思って捕まえてみたら、恐ろしい処刑器具でした。

たぶん、そんな感じだ。
魔法とは見えないよう考慮しているが、どちらにせよ2人の少年が異様に強いことだけは明白で。
町外れで絡まれていた、現地のさらに年若い少年を行き掛かり上助けたことがある。
その子どもは身なりがそこそこ良く、また英語が話せた。
そうでなければこちらも会話のしようがないのだが、どうやら裕福な家の生まれのようだった。
「[はじまりの樹? あの樹なら、南の砂丘にあるよ]」
彼の案内で、都市を離れの町からさらに南へ。
奇っ怪なオブジェとなった『はじまりの樹』が、確かに存在していた。
「[…この辺は木が生えたり、ってわけじゃないんだな]」
真広の言葉に、少年が首を横に振る。
「[森になったのはサハラ砂漠の方だから、反対方向だね。ここらは反体制派の拠点だったんだ]」
何年か経って、すっかり砂に埋もれたけど。
(兵器類が軒並み食われたってわけか)
樹へと砂を踏み締める音が聴こえ、真広は声を上げた。
「おい、吉野」
判っているとばかりに、吉野は振り返り微笑んだ。
「大丈夫。何もしない」
日本を出てもうだいぶ経ったが、その間に吉野は実験的に『はじまりの樹』を破壊している。

そこに在った樹が無くなることで、現地の者がどのような反応をするのか。
『はじまりの樹』自体の反撃はあるのか。
もしくは『樹が初めから無かったようにして』、世界が変わるのか。

「[兄ちゃんたち、『はじまりの樹』を崇めてるの?]」
首を傾げた少年に、真広は肩を竦めてみせた。
「[まさか。こんな得体のしれないもん、どうやって崇めるんだよ]」
鎖部じゃあるまいし、と喉の奥にあった言葉を飲み込む。
「ふーん。砂漠の部族はみんな、神様みたいに崇めてるよ]」
「[…だろうな]」
乾きは飢えに繋がり、生命の危機となる。
ゆえに潤いと恵みをもたらす『はじまりの樹』は、神に等しい。
「[君は違うの?]」
戻ってきた吉野が問い掛けた。
少年は押し黙り、俯く。
「[…戦争が止まったのは、良かった。強盗とかもほとんどなくなったし]」
ジリジリと照りつける太陽光で、汗が流れ落ちる。
「[……けど、]」
こんなの、絶対におかしい。
「[でもそういうこと言ったら、いろんな人が怒るんだ]」
さっきもそうだった。
「[あー、さっきのは虐められてたわけじゃなくて、喧嘩してたわけか]」
少年と出会ったときを思い出して、真広は納得する。
絡むにしては年が近く見えたし、金をせびるにしても相手側だって良い格好をしていた。
少年は頷く。
「[悪いヤツらじゃないんだ。あいつらも、おかしいって思ってるから]」
でも今が良い時代なことは確かで、声高に叫ぶことを止めてしまった。
真広は流れる汗を拭い、砂に生える『はじまりの樹』を見上げる。
「[ま、『はじまりの樹』が無くなれば、またひでぇ時代に戻るな]」
耳に痛い。
誰も聞きたくない真実を、あんまりにもはっきりと言うものだから。

「[けど安心しろ。『はじまりの樹』もその後のひでぇ時代も、俺たちが何とかするからよ]」

面食らった。
(途方も無い夢物語だ)
そう思って顔を上げた少年は、目を丸くすることとなる。
(なんて自信に満ちた顔をするんだろう!)
アジア系の顔立ちなのに金髪の彼は、挑発的な笑みを浮かべていた。
「[ひでぇ時代が来るのは避けられねえ。けど俺が、それを残りの人生懸けて止めてやる]」
「[……偉い人にでもなるのか?]」
何となく問うてみれば、彼はきょとんとした。
「[まあそんなとこだな、まだ決めてねえけど。やっぱ政治家か?]」
彼はケープを頭から被るもう1人へ尋ね、尋ねられた方が苦笑いした。
「[なんでそこで僕に振るんだ…。例え首相になっても、出来るとは限らないだろ]」
「[そうなんだよなあ。特に日本の政治家連中見てるとな]」
「[早川さんは官僚だったよね。そっちは?]」
「[なるほど。先人が居るなら、それが良いかもな。裏から操ってみるか?]」
「[だから、僕に同意を求めるなよ…]」
ぽかんと彼らのやり取りを見守っていると、金髪の彼がまた同じ笑みでこちらを見た。
「お前、名前は?」
「[えっ…。アリー・ハマド・エセルバート…だけど]」
ケープを被るもう1人が首を傾げた。
「[現地の人、だよね?]」
名前の最後の部分が気になったらしい。
「[養子に入ったんだ。来月にはフランスに移住するよ]」
「[へえ。恵まれてんだな、お前]」
嫌味なく言い切った金髪の彼に、まあねと口篭る。
「[俺は真広。こっちの順序で言やマヒロ・フワ、だな。で、こっちが]」
「[吉野。ヨシノ・タキガワ]」
不思議な作りの名前だった。
「[…中国人じゃないのか]」
「[そうだね。僕らは日本人だ。こんな奥まで来る日本人もそう居ないだろうけど]」
ヨシノが柔らかな笑みで答える。
彼の言うとおり、珍しいというか命知らずというか。
町へと引き返しながら、好奇心と警戒心が一緒くたになっていく。
「アリー」
呼ばれ、何だろうかと2人を振り返った。
吹き続けていた風が強くなり、砂除けのローブが翻る。
(…?)
あれは、何だろう?
ヨシノの被るケープが煽られ、影に隠れていた顔が日に照らされる。
黒く美しい曲線を描く『絵』が、その右頬に見えた。
(刺青…?)
足を止めたエセルバートに、マヒロがヨシノの肩へ腕を乗せニヤリと笑う。
「お前、見所ありそうだから教えといてやるよ」
逆の手がすいと人差し指でヨシノを示し、

「[『はじまりの樹』を何とかするのが、吉野]」

で、と彼は返す親指の先で、自身を指し示した。

「[その後の世界を何とかするのが、俺な]」

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