あのとき、そんな馬鹿なと一蹴できなかったのは何故だったのだろう。
照り付ける逆光で、目が眩んだ所為か。
マヒロが、あまりにも当然のように言い放った所為か。
静かな笑みのまま否定しなかった、ヨシノの所為か。
ただ、あの日の邂逅は色褪せる気配なく。
アリー・ハマド・エセルバートという少年の道筋は、彼らによって形作られたのだ。



周囲に群がる記者たちをいかに躱すかと苦心している最中(さなか)、まっすぐに声が届いた。
「アリー!」
ちょうど人の掃けた中央階段を降りてきた青年に、思う。
(なんか王様みたいだな…)
石造りの階段に敷かれた、赤い絨毯のせいだろうか。
エセルバートは記者たちが似たようなことを口走っていることに気づかない。
「マヒロ!」
記者たちは、エジプト外交官が青年のファーストネームを呼んだことに虚を突かれた。
それを良いことに、エセルバートは彼らの包囲網を抜け出す。
あの頃と違って自分が彼を見降ろしていることに、時の流れを感じた。
「[ひっさしぶりだなあ!]」
型通りの握手を交わし、真広は眼前の青年を見上げる。
「[ていうか、お前でかくなり過ぎ]」
民族の差であろうが、見降ろされていることが何となく気に食わない。
「[けどもう、10年ぶり近いのか。まさかこんなとこで会うとはな]」
真広の言う"こんなとこ"は、政治組織という意味だ。
エセルバートは肩を竦める。
「[あんな強烈なこと言われて、忘れられるって?]」
世界を救ってやると豪語した男に、どうすれば追い付けるかといつも思案していた。
しかも有言実行進行形、これはもう一度会わねばならないと義務感にすら駆られたのだ。
「[へえ。そいつは光栄だな]」
しかし真広は戯(おど)けてみせた。
相手がきょろりと周りを確かめたので、何となく次の言葉は予想できる。
「[…ヨシノは居ないのか]」
不破真広という人間が世間に知られるようになって(インターネットは偉大だ)、政界に居ることが判明した幾人かの友人も同じだった。
一頻り挨拶や四方山話をして、そう問うのだ。
『吉野はどうしたんだ?』と。

困ったような?
悲しそうな?
(いや、寂しそうな?)
吉野の名前で変わった真広の表情に、エセルバートはそう名付けた。
無理なく微笑んでいる様に、最悪の事態ではないらしいと結論づけて。
「お前、今時間あるか?」
「今?」
出席する会議は15時半から。
そもそも15時に来たのは、真広に挨拶しようと思った為である。
すると彼はスマートフォンを取り出し(見た感じ、個人用では無さそうだ)、何処かへ電話を掛ける。
「お前に会わせたいヤツが居るんだ。ちょっと待ってくれ」
ちょっと、ということは5分くらいだろうか。

「葉風か? 俺だ。5分以内に外省の正面玄関まで来てくれ。
…ああ? ちげーよ、お前に会わせたいヤツがいんだよ。とりあえず5分後な」

あっさり通話を切った真広に、エセルバートは目を瞬く。
日本語が正確には分からないとはいえ、今の電話はどうしたっておかしい。
(相手の都合、全っ然聞いてないよな…?)

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