「おい、真広!」
怒声に近い呼び声に、真広は片眉を上げた。
「んな大声出さなくても聴こえるっての」
ずんずんと真広に近づき、葉風はその眼前へビシリと指を突きつけた。
「お前は良い加減に、人の話を聞けっ!」
というか、人の都合を聞け!!
柳眉を釣り上げる彼女に、進言してやる。
「外交官の前で怒ってるのは、絵的に良くねーぞ?」
葉風は誰のせいだ、と返したかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。
代わりにこれ見よがしと溜め息を吐く。
「…で? この男がお前たちの友人か」
美しい髪を横へ流し問うてきた女性に、エセルバートは些か呑まれていた。

真広は外務省勤務であるが、葉風は文部科学省勤務である。
ほぼ同時期に入省し、立場も部署1つを己の采配に出来る辺り同様だ。
異例の若さで云々かんぬんと随分騒がれたが、そんなことは彼らには関係ない。
要は、『世界を救えるかどうか』だ。
葉風も始めは真広と同じく、直接諸外国と係ることの出来る外務省を考えた。
だが彼女には、『長として鎖部の里を守る』という義務がある。
魔法はほぼ使えなくなってしまったが、それで里が消えるわけでも皆がバラバラになるわけでもない。
立ち位置によっては常に世界を渡り歩く外務省では、それが疎かになる可能性があった。
(まあ、今はこれで良い)
ずっと文科省に居る気はない。
真広とて、ずっと外務省に居る気はないだろう。
今は"人脈形成のとき"だ。

呆気に取られているエセルバートに、真広は隣の葉風を示した。
「[こいつはハカゼ・クサリベ。文部科学省勤務だが、俺たちとはそれ以前からの付き合いだ]」
先程までの剣幕が嘘のように、彼女はにこりと笑む。
「[ハカゼ・クサリベだ。よろしくな]」
「[アリー・ハマド・エセルバートです。こちらこそ]」
互いに握手を交わす。
そこでエセルバートが真広を見れば、彼はあの人の悪い笑みを浮かべてみせた。
「[そ。察しの通り、こいつも当事者だ]」
ハカゼに視線を戻せば、彼女の笑みが複雑な心境を表すように翳る。
「[そうか。吉野のことを知っているんだな]」
「[ええ。彼はここに居ないんですか?]」
ハカゼは答えなかった。
彼女の視線は真広へ据えられ、受けた真広は軽く首を傾げ返す。
何かを悟ったらしく、ハカゼはふっと憂いの息を吐いた。
言葉なく交わされた会話に何があるのか、エセルバートには分からない。
「[お前にも後で連絡するから、連絡先教えろよ。プライベートの方]」
真広が新たに取り出したスマートフォンは真っ赤な色をしていて、やけに似合う色合いだと連絡先を交換しつつ思う。
「[では私は戻るぞ。エセルバート、滞在中に時間があればうちの部署へ寄ってくれ]」
歓迎するぞ、と口角を上げ、ハカゼは颯爽と身を翻した。
しかしやや遠巻きにこちらを取材している記者たちを目に止め、立ち止まる。
「おい、お前たち」
彼女は記者たちを見据え、真広にしたようにビシリと指先を突きつけた。

「私たちのやり取りを記事に書くのも、放映するのも自由だ。もうやってるのだろうがな。
だが、いつかのようにデタラメな日本語訳を付けたら承知せんからな!」

完全な怒りの気配を滲ませ言い放ち、今度こそ彼女は外務省を後にする。
記者の内の年若い数名が、大真面目に『承知しております、姫様!』と返したことには驚いた。
驚いたが…
(たぶんあれは、本気だ…)
日本人って、こんなに愉快な民族だっただろうか。
エセルバートの思考を知ってか知らずか、真広は面白そうに笑っていた。

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