鶴丸国永というひと

(1.白、赤)




「きみは返り血を浴びずに戦うんだな」
カチン、と刀を納める音が響いた。
真白の衣を朱く彩る返り血は、斬り捨てた骸と同じく泡と消えていく。
「うーん。意識したことはないなあ」
もうひとつ、カチンと納刀の音がした。
「まあ、君みたいに好んで頸動脈を斬ることはないかな」
ねえ国永、と髭切は鶴丸国永を呼ぶ。
その銘で呼ぶものは、目の前の彼と伊達で共に在った大倶利伽羅くらいだ。
「ははっ、バレてたか」
辺りに敵の気配はなく、鶴丸はとん、と足元を蹴った。
つい先刻まで彼の足元には遡行軍の骸が転がっていたが、もう何も無い。

時間遡行軍の者…いや、物たちは、骸も、得物も、血の痕さえも遺さない。
髭切は元の真白さを取り戻した鶴丸を見遣る。
「人体でおよそ首と名のつく箇所は、総じて動脈が通る急所だけどね」
ゆえに鶴丸はそれを狙い、号を特に顕すために狙うのは首だった。
「鎧の上から斬るのは骨が折れるからなあ」
太刀の中でも線の細い鶴丸は、力よりも技で斬る。
そして『鶴』に成るために血を浴びる。
軽い身を翻し鳥のように戦場を翔ける鮮やかな姿は、目を奪ってやまない。
ああでも、と街道の方角へ足を向けた髭切は、鶴丸を振り返った。

「君は僕とお揃いの色だから、遡行軍の『赤』が残らないのは良いよね」

それは思わぬ返しだったのだろう。
きょとんと目を丸くした鶴丸は、次にはクスクスと笑いだした。
軽やかな足取りで先を行く髭切に並ぶ。
彼の耳元にそっと唇を寄せて。

「代わりにきみが、俺に『朱』をくれるんだろう?」

もちろん、と返す声音もまた、戦場のものとは思えない程に甘い。
二人で忍び笑っていると、小さな声が彼らを呼んだ。
【髭切さーん! 鶴丸さーん!】
審神者の式神であるこんのすけだ。
彼は遡行軍の一軍が現れるこの場所を二人に教えた後、街の調査を行っていた。
髭切と鶴丸という"敵"に引かれ、街に潜む遡行軍が姿を現すと踏んでのことだ。
「よお、こんのすけ。こっちは終わったぜ」
【はい、確認しました! 街の方ですが、港の商家のひとつに潜んでいたようです】
時間遡行の反応があり、赴いてみると商家の蔵であったという。
【ただ、遡行軍の視認は出来ませんでした。蔵の出入り口は開け放たれており、すでに場所を移した可能性も】
鶴丸は腕を組み、唸った。
「息を殺されると、こっちでは掴めんからなあ」
「歴史的に可能性があるのは、三日後の火事だっけ?」
【はい】
街の史実には、商家や長屋十数棟が焼け落ちる事態となった記述がある。
【主様の予測では、その火事を無かったことにする、あるいは焼ける範囲を狭めるのではないかと】
「なるほど」
当時の三日後の天候は晴れ。
夕方から吹き始めたからっ風が、小さな不注意を大事にした。
ふむ、と髭切はひとつ頷く。
「じゃあ狐くん、明日はのんびりしてても大丈夫かな?」
【はい。今回の宿は五日間の連泊ですから、融通も利きますよ】
ぱっと鶴丸が表情を輝かせた。
「やっと宿の名物温泉に浸かれるのか!」
そうと判れば早く戻ろう! と鶴丸は上機嫌に歩き出し、ついでにこんのすけへ問う。
「こんのすけ、良さげな豆腐屋はあったかい?」
【…! 寄ってくださるので?】
「当然じゃないか。きみだって働き詰めだろう?」
「そうだね。油揚げの上物を買っていこうか」
髭切にまで言われて、こんのすけは感激にぶわりと尻尾を膨らませる。
この街の豆腐屋も、中々に期待していたところなのだ。

「ねえ、狐くん」
ちょいちょいと手招きされ、こんのすけは髭切の肩に乗った。
鶴丸が先を歩いているのを良いことに、髭切は狐姿の式神へそっと耳打ちする。
それにつぶらな瞳をぱちりと瞬いて、こんのすけはどんと胸を張った。
【お安い御用ですとも!】


ーーー『夜は二人きりにしてもらえるかい?』


End.
(こんのすけには油揚げを献上しましょう)
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2017.12.2
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