鶴丸国永というひと

(2.笑み)




「丁!」
「半!」
「丁!」
「丁!」
薄暗い建屋の中で、熱気に溢れた声が次々と上がる。
「半!」
「丁!」
「丁!」
一段落したところでツボ振りが一統を見回し、ひと声。
「半ないか? 半ないか?」
積まれた木札は片方に寄っている。
すると細い腕が新たに木札を積み上げた。
「半」
木札が出揃う。
「丁半、揃いました」
改にされたツボの中身、二つの賽の目の合計は半。
木札は"半"を唱えた者たちの前へすべて積まれ、次の賭けが始まる。

「丁半、揃いました」
改にされたツボの中身、二つの賽の目の合計は丁。
今やツボ振りも含め、賭けに参加している者たちの目は一点に向いていた。
集中する視線の先には一人の男。
被り物で顔の判別は出来ぬが、笑みを敷いた口許だけはよく見える。
彼の前には、他の誰よりも多く木札が積まれていた。
視線に気づき、男は手遊びしていた木札から顔を上げる。

「…おやおや、こりゃあ商売上がったりだなァ」

にまりと笑う口はそのまま、大量の木札を手近の笊(ざる)へ入れていく。
「旦那方が俺に合わせちゃ賭けにならん。ツボ振りの兄(あに)さんだってつまらんだろうし、何より俺が退屈だ」
お暇させてもらうぜ、と男は木札の乗る笊を持ち立ち上がった。
木札はすべて銭へと変わる。
男が引き戸の向こうへ消えるまで誰もの視線は逸らされず、先に我に返ったツボ振りの声が皆を勝負へ引き戻した。



「いやあ、鮮やかだったねえ」
夜道を一町ほど歩いたところで、髭切はようやく声を掛けた。
被り物を折り畳み頭に巻いた鶴丸は、銭で膨れた風呂敷を彼へ手渡す。
「賭け事なんて久々にやったぜ」
髭切が風呂敷の結び目を緩め、こんのすけも彼の肩から中身を覗き込む。
【さすがは鶴丸さんです】
「札事の勝負だと、君と三日月宗近は強いよねえ」
本丸内で引きが関係する遊びや勝負事をすると、勝つのは大抵鶴丸か三日月だ。
もちろん全部が全部という訳ではないが、勝率九割となればすべて勝つのとほぼ同義だろう。
「君とらっきー君は一緒に組ませられないし」
「ラッキー? ああ、物吉のことか」
こんのすけが首を傾げた。
【物吉貞宗さんも勝負事にお強いので?】
鶴丸は頷く。
「ああ。物吉は謂れのとおり、幸運を呼び寄せる」
【ははあ】

今回鉄火場に潜り込んだのは、遊びに行った訳ではない。
任務の都合上、対象人物の行動範囲と情報収集を兼ねてのものだ。
とある寺院の一角で開かれていた賭事を、髭切は屋根の上から聞いていた。
この時代、建屋の密閉性はそれ程でもなし、それに勝負事というのは熱くなるものだ。
髭切はクスリと笑う。
「国永と勝負をしようと思ったら、引きが関わらないものにしないと」
例えば囲碁、それに将棋。
鶴丸は苦い顔をした。
「俺が勝ちたいときに限って、きみはそういうの使ってくるよなあ」
頭を使う遊戯事は、苦手ではないが大得意でもない。
ちなみに、盤もので強いのは一期一振と長曽根虎徹、そしてこの髭切である。
埃で汚れた鶴丸の頬を、髭切は自らの手で拭った。

「勝負に負けてばかりは格好悪いでしょう?」

勝てば官軍、敗ければ賊軍。
好いた相手の前なら、なおのこと。
意味を多分に含んだ流し目と笑みを向けられ、鶴丸はそうかい、と返して顔を背けた。
(その顔は駄目だ)
幾度だって、鶴丸が見惚れる笑みなのだ。
見惚れて照れるような真似は、それこそ負けたような気分になるのでしてやらないが。


End.
(ソース元:京都藤森神社。たぶん最強は競馬)
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2017.12.16
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