彼らについて

(4.残り香)




ふっ、と目が開く。
(ここは……)
散っていた思考がゆるゆると集まる。
(……ああ、任務中だったな。確か室町の)
ということは、見覚えのない天井であることは何らおかしくはない。
(こうして見ると、やはり小綺麗な処だな)
意識して呼吸を深くすると、四肢の強張りが解けた。
どうにも重い左手を持ち上げ、伸ばす。
(……?)
感触は、手首で位置を変えてもぽふぽふ、と布団を叩くだけだった。
漸(ようよ)うそちらへ首を向ければ、居るはずの相手は留守らしい。
(……それは少し、)
だが残った布団は暖かくはないが冷えてもいなかった。
僅かだけ逡巡した鶴丸は重い身体をずるずると引き摺り、隣の留守の布団へ移動する。
温もった布団よりもひやりとして、指先が冷たい。

ーーふわ、と何かが香る。

何だろうかと眠たい頭で思案し、合点がいった。
(……髭切の匂いだ)
正確に言えば、彼の纏う香の残り香。
鶴丸が唯一、己を明け渡しても良いと決めた相手だ。
(……これなら)
本人は居ないが、まあ及第点だ。
布団を引っ張り上げ、頭まで被る。

(これなら、寂しくない)







(……ありゃ)
居るはずの場所に居ない相手は、自分が寝ていた布団に潜り込んでいた。
髭切が宿の仲居から水差しを受け取っている間に、目が覚めてしまったのだろう。
すっかり被っている布団をそうっと捲り、顔に掛かる髪を払ってやる。
(寝惚けてる君は、素直だよねえ)
鶴丸は、本丸における自身の立ち位置を正しく理解していた。
自分たちを含めた精鋭の者たちは皆、最高戦力であるが為に刀剣たちの精神的支柱の役割を担っている。
ゆえに揺らがず、弱音を吐くなど以ての外。
例え本丸であっても、同じ立場の者と二人きりにでもならない限り、鶴丸は誰にも揺らぎを見せはしない。

寂しいと泣く心を、『退屈』にすり替えてしまった意地っ張り。

鶴丸を起こさないように、同じ布団に潜り込む。
(三日月宗近に先を越されたのは、失敗だったなあ)
自分が顕現するまでの間、鶴丸と任務で組んでいたのは三日月だ。
多かれ少なかれ、彼は弱った鶴丸を見てきているだろう。
(……まあ、これから先見せなければ良いか)

閉じられた瞼にひとつ口付けて、髭切もまた眠りについた。


End.
(さみしがりや)
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2018.1.27
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