白鶴演舞

(1)




トストス、と軽い足音が近づいてくる。
(おっ、帰ったな)
この足音だけは、何があっても間違えない自信がある。
戸惑うことなく開かれた障子の向こう、立つ人物へ笑みを浮かべた。

「おかえり、鶴丸」

鶴丸と呼ばれた人物は障子を閉めてから、掠れた声で「ただいま」と返した。
刀を床の間の刀掛に置き、ばさりと羽織を落とす。
ようやっと身軽になってから、戻ってきた人物はこちらへぎゅうと抱き着いた。
おやおやと目を丸くしつつも己の手をその背に回し、ぽんぽんと宥めるように叩いてやる。
「休めなかったか?」
落ち着いた頃を見計らって尋ねれば、自分と瓜二つの顔が剣呑と見返してきた。
そう、彼も自分も同じ『鶴丸国永』だ。
「…あいつらも同じ目に遭えば良いのに」
それについての言及は避け、同じだけの力で抱き返す。
「ま、それは追々考えようぜ」
今は、とその黄金(こがね)の眼を覗き込む。

「他の男のことなんざ考えてくれるな」

するともう一人の『鶴丸』もまた、目を弓形に細めて笑ってみせた。
「そうだな。俺にはきみが居るものなあ」
何者にも勝る理解者、絶対の安堵を覚えられる者。
他にはない、他ではいけない。
目の前の同じ顔に口づけて、ようやく安堵の息を吐く。
「もう寝るかい?」
鶴丸が問えば、相手はふるりと首を横へ振った。
「厭だ。『国永』に触れたい」
その甘えを受け入れる以外の選択肢など、鶴丸…否、国永は持たない。
「そうか」
後はもう、笑みを深めて口づけをも深く交わすのみ。

『国永』と呼ばれる鶴丸国永は、いわゆる2振り目にあたる。
1振り目の鶴丸からは随分後に顕現され、戦場へも両手で数えられる程度しか出陣していない。
彼のテリトリーはこの、『鶴丸国永』に与えられた北の離れと裏庭だけ。
広さはそこそこだし門を抜ければ裏山にも行けるが、窮屈であることは否めない。
そうしたのは自分であるが、我ながら非常に申し訳ないと鶴丸は思う。
だって、相手は同じ『鶴丸国永』だ。
退屈を厭い、戦場を好む戦刀だ。
「ほら。またその顔をする」
両頬を包まれ、ぐいと顔を寄せられた。
「その顔?」
「俺をここに閉じ込めて申し訳ないって顔だ」
「……」
図星だ。
というより同じ個体なのだから、相手の考えなど手に取るように分かる。
「…だって、実際そうじゃないか。きみは俺だから、戦場へ出たがってることくらい分かる」
「まあ、否定はしない」
国永は相手の身体を抱き締める腕に力を込め、どさりと褥に押し倒した。
「しかし、日常に辟易してる自分を見ている方が忍びなかったぜ」
2振り目の己である国永を顕現させたのは、鶴丸自身だ。
この本丸の審神者に引き摺られた刀剣たちの状態が、鶴丸にそのような手段を選ばせた。
まだ何か言いたげな鶴丸の言葉を塞ぐように、国永は口づけを贈る。
「きみが何を思おうと、俺にはきみしかいないんだ」
鶴丸が閉じ込めた。
国永はそれを受け入れた。
「だから精々、俺のことだけ考えてくれよ」
ああ、そうだ。
鶴丸がそうしたのだ。
つい笑みが漏れる。
「そうしよう。きみが日々、満足出来るように」
ところで今日は俺が下なのかと問えば、今さらだなと笑われた。
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2016.4.10
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