それはよくあること
(1.たとえば、それは)
おやおや、大事な話? どうしたのかな、突然。
…ふぅん?
俺を所蔵している美術館が、俺が『山姥切ではない』と発表したって?
いや、今更だね?
えっ、何か思うところはないのかって?
そう言われてもね…。
尾張徳川家で、山姥切と扱われたことがないのは事実だよ。
俺は長義の刀だし、刀工・堀川国広の銘にも長義とあるだろう。
間違っていないじゃないか、なんで君が不満そうなんだい。
……ああ、そうだったね。
君は俺が実装されるのをずっと待ってくれていて、この本丸の偽物くんはまだ極めていなくて、2人して『山姥切』と大声で叫んでくれたね。
ふふ、良いよ。
じゃあもう少し話そうか。
現世に在る『唯一』が霊剣山姥切であるかないか、その話だね。
尾張徳川家以降、俺は霊剣山姥切ではない。
そのような扱いは受けていないし、何より尾張徳川家で大切にしてもらっていることは、つまり俺が『霊剣でなくても価値がある証明』だからね。
徳川の時代に入って、刀は武器ではなく『象徴』と『証明』になった。
今で云う上司と部下の、忠誠と信頼の証として刀がやり取りされるようになった。
正宗の刀なんて、その筆頭だね。
徳川家のひとつたる尾張徳川家のように部下の数が多いと、今までに手にした戦勝の刀では数が間に合わない。
ならばどうするか。
そう、刀の売買が盛んになった。
尾張徳川家では、購入された刀のおよそ7〜8割が別の家へ譲渡されている。
さて、俺が何を言いたいのか判るかな?
ーーふふ、そうだよ。
俺は尾張徳川2代目に購入された刀だ。
けれど俺は一度として、譲渡の対象に挙げられたことはない。
一度も、だよ。
尾張徳川家の重宝である物吉や、代々差料として使われてきた猫殺しくんは当然のことだけれど。
それで愛されていないなんて、どうして云える?
俺を差料として使ったのは2代目だけだったのにね。
この歓びを、もっと適切に伝えられたら良いのだけど!
というわけで、刀剣男士の俺が『山姥切』であることは当然だけれど、『本作長義』がそう扱われていないから愛されていない、ということではないんだよ。
彼らはこの俺を、銘本作長義の刀を、愛し続けてくれている。
ゆえに尾張徳川家において山姥切ではないことは、俺にとっては…そうだね、現世の『唯一』たる『俺』にとっては、些細なこと、かな。
え、納得いかない? 我儘だねえ。
良いよ、じゃあもうひとつ。
尾張徳川家は俺を『山姥切』として扱わない、それはなぜか?
そう、資料がないからだ。
解るかい? 資料がない=そうではない、という証明ではないんだよ。
そうだね…幽霊の存在証明といえば良いかな。
幽霊が視えないことは、幽霊が存在しない証明にはならないだろう?
それと同じだよ。
人の世ではっきりとしている『俺』の歴史は、俺に切られた銘と尾張徳川家に遺るものが前提だ。
まあ、何百年も前の資料なんて、残ってる方が珍しいんだけどね。
長尾顕長殿の元にあった俺は?
長尾顕長殿の手に渡る前の俺は?
それを語れるのは、俺自身だけだ。
資料がないから山姥切ではない、と語る人の子のことなど、君たちが気にすることはないよ。
その資料が本物である証明も無いからね。
平安生まれの刀を見てご覧よ。
俺が彼らを語ることは出来ないけれど、彼らを語れるのも彼らだけだよ。
彼らが、俺が、語ることこそが真実だよ。
俺たちは『刀剣男士』だからね。
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2019.5.26
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