それはよくあること

(4.たとえば、xxx)




この審神者は元々、頓珍漢なことを言う人の子ではあった。
初期刀や初鍛刀の刀が「そうではない」と嗜めても、「でもそうなんでしょ?」と聞く耳を持たない。
それは今、山姥切長義の傍で近侍として控えている山姥切国広に対しても例外ではなかった。
国広は極めていたが、審神者のそういった部分だけは決して許容していない。
他の刀たちも含めて、何十回も何百回も言ったのに聴いてくれないから、審神者の『それ』は病なのだと思うようになった。
如何ともし難い、不治の病だ。
だってそうだろう?
こちらがどれだけ言葉を尽くしても、信じてくれないのだから。

こんのすけが、部屋の中のやり取りを静かに聴いている。

「ね、ほら、国広くん。長義さんの所蔵されてる美術館の人が、長義さんは山姥切じゃないって発表したんだよ。
だから国広くん、長義さんに遠慮しなくたって良いんだよ」
何が遠慮だって?
このとき程、本歌と写しの心中が揃ったことはなかっただろう。
「…主、何を言っているんだ?」
「え? だって、長義さんが山姥切だと名乗っているから、国広くんは『山姥退治は俺の仕事じゃない』って言っていたんでしょ?」
「そうだが、」
「でもほら、徳川家の末裔が違うって言っているんだから、長義さんじゃなくて国広くんが本物なんでしょう?」
ああ、本当に話を聞かない人の子だ。
手の施しようがないなあ、と長義が唇で呟いたのを見て、国広は頭を抱えたくなった。
(本科に、そこまで言わせた)
ちなみに長義は、いつもどおりの薄い笑みでそこに座っている。
はたからは視えないが、そのとおりに一連の言動に関して一切のダメージは受けていない。
それが分かっていても国広は居住まいを正し、身体ごと長義へ向いた。
「…本科」
「お前に本歌と呼ばれる筋合いはないよ、傑作くん」
極めた国広のことを、長義は決して山姥切国広とは呼ばない。
極める前なら偽物くんと呼んだ彼の中で、極めた国広は『己の写しではない』と結論付けられたそうだ。
長義の呼ぶ『偽物』こそが本歌と写しの繋がりであったのだと、後になってこっそりと教えてくれた刀が居た。
「では、今ここに居る間だけ、あんたのことを『本科』と呼ぶことを許してほしい」
すぅ、と蒼天を映す眼差しが細められる。
「へえ、許しが欲しいのかい? まあ良いよ。求めるのなら与えてあげよう、偽物くん」
呼び方まで変わったのは、彼なりの区別なのだろう。
許しを得た国広は、その場で長義へ頭を下げた。

「本科。今の主の言動は、告発されても文句は言えない。主に代わり、近侍の山姥切国広が詫びる」

申し訳ない、と頭を下げる国広に、驚いたのは審神者の方だった。
「えっ、えっ?! なんで国広くんが長義さんに謝ってるの?!」
【本当に判らないのですか?】
突然、こんのすけが口を開いた。
「だって、国広くんが謝ることなんて何も…」
【そうですよ。山姥切国広様は、言っても理解しない審神者様に代わって、山姥切長義様へ詫びたのです。
本来謝罪すべきはあなたです】
今までにも数え切れない程あったのですけど、とこんのすけの目が遠くなる。
【その度に近侍の刀剣男士様が、初期刀の歌仙兼定様が、相手に謝罪していました。あなたに情がありますから】
ですが、とこんのすけは審神者を見た。
【過ぎるほどの猶予は尽きました。山姥切長義様は『監査官』です。お忘れですか?】
こんのすけの目の前に表示されたモニターに、本丸の評価データが表示される。
これは政府が管理しているもので、本丸で表示出来るように項目が絞られたタイプだ。
この本丸は特命調査では『優』判定、それを除いた評価はほぼ平均値で、特筆すべきこともほとんどない。
凡庸な本丸の1つだった。

【本丸ID:766123、審神者ID:A-007446s。カラー『イエロー』…『審神者ニ瑕疵アリ』へ変更】

それがたった今、注意すべき本丸…いや、審神者であるとして、評価に傷がついた。
さすがの審神者も顔色を変える。
「待ってよこんのすけ! どういうこと?!」
この4年間無駄だったので無駄だろうが、こんのすけは審神者へ尋ねる。
【審神者様。あなたの目の前に居る方の名前は?】
「えっ…? 山姥切長義、でしょ?」
【そうですね。けれどあなたは、山姥切長義ではなく別の刀と見做しましたね】
「…あっ、本作長義のこと? だって、同じなんだから変わらないでしょ?」
はぁ、と溜め息を吐いたのは誰だっただろうか。

【違いますよ。本作長義以下五十八字略は『現世に在る唯一』であって、刀剣男士ではありません】

審神者には、何を言われているのか解らない。
【手にした刀は、『現世に在る唯一』と見た目は同じです。ですが『そのもの』ではありません。
また、『唯一』の付喪神の姿と刀剣男士の姿が同じか、こんのすけも知りません】
長義がこんのすけから視線を外すと、国広が強く拳を握り締めているのが見える。
俯き加減の表情は遣る瀬無さに満ち溢れ、それはこの本丸の…古参の刀ほどよく見せる表情だった。
こんのすけと審神者に視線を戻せば、言葉が上滑りしている。

審神者職務要項:第一条
眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせること。

この本丸の審神者は、最も重要なこの一文すら理解しようとしたことがない。
それがあまりによく見えた。
押し問答を続ける審神者とこんのすけを傍目に、長義は小さく呟く。
「次の特命調査、大丈夫かな…」
肥前忠広という一筋縄ではいかない刀を、思い出していた。
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2019.5.26
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