それはよくあること

(5.?????)




本作長義以下五十八字略は、山姥切ではない。
尾張徳川家から連なる美術館が、尾張徳川2代目より所有している刀についてそう発表したらしい。

刀剣男士である山姥切長義からすれば、へえ、の一言で済む話だ。
なぜなら山姥切長義は刀剣男士であって、現世に在る『唯一』とは別なのだから。
けれど、目の前の刀剣男士の言葉を聞かない…いや、無意識に信用しない審神者は多く居た。
長義の話を除けば、本当に鬼を斬ったわけがないとか、墓荒らしなんてないとか、幸運を運ぶなんて偶然、とか。
すべての刀剣男士に対して、1つはそういった否定パターンがある。
そしてそのほとんどが、西暦2000年代初め頃かそれ以前の時代からスカウトされた審神者によるものだった。

この本丸の審神者もそのパターンに当て嵌まり、特に長義に対して顕著だった。
その理由が先の発表だ。
広間で目が合った際にそんなことを言われ、居合わせたすべての刀が目を点にしていた。
ーーいや、それがどうした? と。

刀は確かに『唯一』と同じだが、『唯一』そのものではない。
『現世に在る唯一』なんて、霊力があるだけの人の子には扱えない。
何より所蔵元、あるいは所有者が、手放すことも他が使うことも許さない。
だから刀剣男士は、『唯一』の世代を重ね続けた形代から創り出された。
『唯一』を時の政府が借り受け、形代を造り、その形代の形代を造り、さらに形代の形代の形代を造り…何十世代も重ねてようやく、『刀剣男士』と名付けられた。

話が逸れたが、長義が何ら動揺を見せないので、審神者は焦れた。
焦れて、ムキになって、言ってしまった。
「あなたは山姥なんて斬ってないんでしょう?」と。
あーあ、と胸中で合掌したのは、政府で一度顕現された刀だ。
肥前忠広や日向正宗、物吉貞宗…エトセトラ、いわゆる政府イベント産も含む。
長義は審神者へ向き直り、いつもの笑みでこう問うた。

「君はどの元号で産まれたのかな?」
「えっ? 平成だけど…」

過去から招集された審神者の中で、多いのは昭和・平成産まれだ。
そんな過去産まれの審神者に対して、一貫されていることがある。
彼らの生きる時間軸から先の『未来』について、一切の話題、物品が提供されないことだ。
例えば、平成の次の元号が『令和』である、といったことなど。
こんのすけや本丸のシステムについても、詳細な部分は知らされないし見ることすら出来ない。
過去産まれの彼らに知らされる、ただ1つの『未来』は。

「じゃあ、この歴史改変戦争が始まったのはいつだっけ?」
「えっ、2205年だよね…?」

そのとおりだよ、と長義は笑う。

「なら最後に。君が生きている今は西暦何年かな?」
「…2019年、だけど」

思わずといった体の、飾り気のない笑みが長義の唇から零れた。

「2205年までのおよそ200年の間に、俺が山姥を斬ったとは思わないのかな?」
「えっ…?」

あーあ、と次に胸中で合掌したのは、怪異を斬れる刀だ。
「やっちまったなあ」
「やっちゃったねえ」
「仕方あるまいな」
彼らは見て見ぬふりをする。
なぜならこれは、審神者が自ら招いたことだ。
「嫉妬に狂うと鬼になる。これは髭切が言っているから知っているかな。山姥というのはね、負の感情に振り切った人の子が堕ちたものとも云われている」
鬼婆もその一種という説もあるね、と長義は穏やかに説く。
「能楽に使われる面を見たことがあるかな? あれは1つの面で、女と鬼を使い分ける。人の感情は表裏一体、容易く変ずるもの」
蒼天の目は、審神者にのみ据えられている。
「俺が山姥を斬ったことを君が疑うように、山姥を斬っていないことを疑い続ける人の子も居る」
現世は直接関わっていないからと、刀剣男士のみに心血を注ぐ審神者。
あるいは『そうであってほしいから』と、そうであることを強く望む審神者。
「『俺がそう言った』から『そうだ』と信じた審神者の方が、多いのだけど」
何に例えれば解り易いかな、と長義は首を捻った。
「審神者は審神者とよく繋がり、政府とはあまり繋がらない。他との接点の減る学び舎のように」
ざわり、と広間が静まり返った。

疑心暗鬼、疑う心は暗所に鬼を勝手に視る。
疑って、疑って、無意識にでも反証して、疑い続ける。
負の感情は積もり続ける。

「俺の山姥切伝説を信じる審神者や政府の子たちは、こう思った」

資料がなくても、伝承の中だとしても、斬っていれば良い。
彼しか知らない過去ででも、極めに向かう過去ででも。

「『あるいは<今>でも構わない』」

疑って疑って疑い続けた『それ』は、血走った目を長義へ向けた。
ザワザワと髪の毛が揺れ、爪が畳の目を引っ掻く。

「主と呼ばれる審神者でも、刀剣男士は変質出来ない。なぜなら『格』は、刀剣男士の方が上だから」

インターネットは便利だが、あれは容易く術具へ変質してしまう。
ゆえにこうして、影響を受ける。
心に鬼を隠した審神者が、暴かれる。
すらりと抜かれた長義の刀に、映っているのは人か…それとも山姥か。


「さて、人ではなくなった君には、俺が死を与えてあげよう」
End.


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2019.5.26
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