続・【平安刀】元監査官に関する
面白い事象を報告する【ガード】
(4.亀の甲より烏の歳)
「他者の物語は、決して語ってはならぬぞ。それが礼儀であり、尊ぶということだ」
ひらり、と手にした榊を翻して、三本足の烏を冠する刀は言った。
榊に乗る露が飛び散り、朝陽に煌めく。
「そなたは山姥切国広。あちらは山姥切長義。
どちらも『山姥切』ではあるが、そなたとあちらは違う刀。
同じではない。
同じであるというのなら、それは『そなたがあちらと同じ』だな。
そなたは写しなのだから」
ひらり、ひらり。
榊に結ばれた紙垂が揺れる。
「そなたの修行の内容は、そなたにしか解らぬ。
手紙ですらも一部に過ぎぬ。
ゆえに言葉は尽くさねばならぬ。
…そなた、天狗の子が修行を為して視てしもうた答えを訊いたか?
鯰の弧を描く子が、骨喰む子が、修行で何を得たのか訊いたか?」
修行の結果に得る『極の力』とは、『罪』の証だ。
時間遡行が罪ゆえに戦っているというのに、時間遡行を用いて力を得ている。
ゆえの罪であり、ゆえの力であり、そして先に待つのは罰でもある。
「山姥切国広よ。そなたはなぜ、『本歌と写し、どちらが山姥を斬ったのか』を確かめようと思ったのだ?」
歴史とは、事実ではない。
事実と架空と想像が合わさり、書物という名の証明と成り、それが『歴史』と云われる。
後の時代になって『あれは事実ではなかった』と証明される歴史など、ごまんとある。
進化論など筆頭だ。
「そなたの号は、本歌より賜ったものだろう?
そなたの本歌が『山姥を斬ったから山姥切』でも『山姥さえも斬れるであろうから山姥切』でも、
そなたには何の関係もなかろう?」
無関係ではない、と国広は応えた。
本歌と写しだと比べられ、山姥を斬ったのはどちらと比べられ。
刀工堀川国広の傑作であることも、写しであることと比べられた。
小烏丸は苦笑する。
「我は写しではないゆえ、そなたの苦悩には寄り添えぬ。
ただひとつ言えることは、『写しであることが先』で、『傑作であることは後』であろう?」
それはそうだ。
写しとして打たれ、それが後に傑作と評価されるようになった。
そう告げればそうかそうか、と小烏丸は微笑み、では、と問う。
「それを言葉にしたか? 国広による写し、山姥切国広よ。
我らは人の形を持った。ゆえに言葉がなければ伝わらぬ。言葉とは、有用でまた不便なものよな」
言葉があるがために解り合い、言葉があるがために擦れ違う。
そして、と続けた。
「言葉は、選ばねばならぬよ。
選んだ末の言葉が負の結果を齎したなら、それはその結果を望んでいた、あるいは避けられぬものであったと云える」
では、今回の件はどうだったか。
刀剣男士の中でも人外染みた容貌が、国広へ問い掛ける。
山姥切国広は、あのとき、山姥切長義へ、選んだ言葉を投げたのか?
「……選んでいれば、『わかった気がした』とは云わぬよなあ」
愕然とした国広を引き戻すように、小烏丸がふわりふわりと近づいて榊を揺らした。
葉陰から漏れる日光が、眩しい。
「そなたの言葉選びが拙いことは、要因ではあるが原因でもない。
そなたが『そう』であることを、仕方がないと今まで許容してきた我らすべてに責がある」
仕方がないと、言葉が足りなくても意を汲んできた。
言葉が足りないからと、彼の兄弟刀を筆頭として代わりに言葉を紡いできた。
そんなこと、新人は知らない。
長義の前にやって来た篭手切江や日向正宗が、戸惑い真意を聞き返す姿を幾度となく目にしているのに。
「切国よ。山姥切が1人のときに話をするのは、当分は諦めよ。
あちらのそなたへの心象は負の要素で固まっておる」
鶴丸のおかげで他はこじれずに済んだが、と呟かれ、首を傾げた。
すると小烏丸は呆れと慈しみを同じだけ表情に乗せる。
「『主のお気に入り』というのはな、想像以上に責が重いのよ」
詳しくは鶯丸に聴くと良いぞ、と云われて、警戒心が正直に顔に出た。
小烏丸はさもおかしそうにクスクスと微笑う。
「なに、今度はとびっきり美味い茶で持て成してくれる。
あのとき、あの行動に出ることが、鶯丸にとっての最善だったのだから」
折よく、平野藤四郎が国広を呼びに来た。
『最善』とは、何だったのだろうか。
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2019.4.25
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