無垢なるもの

1.




「わたくしは、つるぎ。刀とつるぎは、違います」

粟田口吉光が鍛えし剣、白山吉光。
見目も、纏う気配も、他の兄弟たちとは一線を画する。
練度の低い刀の盾役として共に出陣していた一期一振は、戸惑いを隠せない。
彼が一期一振にとって弟刀であることに変わりはないのだが。
戸惑ったのは、白山から返る言葉のすべてに、感情の波が窺えないことだった。
(いや、考えることは後に回そう)
ここは戦場だ。





一期一振たちの部隊が帰還すると、ちょうど他の遠征部隊も戻ってきたようだ。
玄関口が中々に騒がしい。
「…あっ」
不意に白山が声を上げた。
遠征部隊でこちらに近かった者たちが彼に気づき、目を丸くする。
「お、新しい刀か?」
「その装束、もしかして粟田口?」
声を掛けてきた者たちに、白山はぺこりと軽く頭を下げた。
「白山吉光と申します。ご挨拶は、夕餉の際にまた改めて」
「ん? 誰か捜してるの?」
はい、と答えた白山の視線は、もう他へ向いていた。

「山姥切さま」

えっ、と声を出したのは、その場に居た全員だった。
遠征部隊に入っていた山姥切長義(以下、長義)は、声の主を認めてぱっと笑みに変わる。
「白山! そうか、お前もついに本丸配属になったんだね」
長義が白山の視線に合わせて身を屈めると、白山は彼の手を恭しく取った。
「あなたの…健勝な姿を確認出来たわたくしは、幸福な個体なのでしょう」
自身の両手に収めた長義の手を、己の額に押し当てる。
零れる吐息は、安堵ゆえに。

「……良かったです」

彼の言わんとすることを察し、長義は己より幾分小さな身体を柔く抱き締めた。
「お前にも、気苦労を掛けてしまったね」
ぽんぽんとその背を撫でればひとつ頷き、白山は沈黙してしまう。
「一瞬、山姥切さんが口説かれてるのかと思っちゃいました」
「というより、何か親子っぽくないか?」
ひそひそと囁かれている言葉は、もちろん長義にも届いている。
「そこ、聴こえてるよ」
「バレた!」
「えっ、バレてないと思ってたんですか?」
同じ部隊の物吉貞宗と太鼓鐘貞宗の茶番を背後に、長義はこちらを見ている者たちへと口を開く。
「先ほど本人が言ったように、自己紹介は夕餉の頃にあると思う。
今言えるのは、彼が政府内で俺の後輩だった、ということかな」
ああ、なるほど、と納得の声と共に、止まっていた者たちが動き出す。
その中で1人、一期一振だけはああ良かった、と胸を撫で下ろしていた。
(大丈夫だ、)
彼にもちゃんと、感情を顕に出来る相手が居たようだと。





「『剣』と部類されるものの、用途は分かるかい?」

夕餉も終わり宴の席へと変わった大広間で、一期一振は長義にことの詳細を訊いていた。
大きな声で話すことでもない。
そう判断した長義は、各刀派とそういったことを訊いておきたいであろう者たちをそれとなく周囲に集めておいた。
太郎太刀や石切丸などはその筆頭だ。
白山本人は粟田口の者たちに囲まれ、表情が皆無ではあるが大丈夫だろうというのが長義の言である。
「剣(つるぎ)は、儀式のために使われるものだね。斬るためではなく、神へ祈りを届けるために使われるものだ」
石切丸が説く。
(だからあの子は、刀とは違うと言ったのか)
一期一振は密かに得心した。
「剣というのは、神代で使われていたものの総称です。草薙の剣然り、十拳剣然り。
儀礼のためが主ですから、刃が無いことも珍しくありませんね」
そもそもの用途が違うのだと、太郎太刀は言った。
そうだねと長義は相槌を打つ。
「白山に限らず、剣として打たれた者は斬るためではなく、祈るために打たれた。
『人のため』ではなく『神のため』に」
人のための祈り、それを神に届かせるために打たれた刀剣。
それが剣だ。
「人に寄り添うよりも、神に寄り添っている。だから初めの彼は、どの分霊も感情の発露が無かった」
言葉も今よりぎこちない感じだったかな、と長義は思い出すように目を細めた。
「山姥切殿。『初めの彼』とは…?」
一期一振の問いに、長義も勿体ぶりはしない。

「白山吉光も、俺と同じく政府に顕現した刀だよ。俺たち山姥切長義は、彼が初めて顕現されたときから彼の教育係だったんだ」

それが帰還の玄関口で言った、『政府内の後輩』という意味か。
「俺は本丸への配属が遅かっただけで、初期から政府内に顕現されていた。一番政府内の勝手を知ってるってことだね」
あれは聚楽第の接続が決定された頃だったか。
実際に接続されるまで、中々に時間が掛かったことを思い出す。
「それに、俺という刀と『剣』はほぼ正反対の位置に在る。得手不得手を見極める間に守るには、ちょうど良かった」
神に近い物とは、有り体に言えば霊力のような力が強い。
それは妖怪や怪異にはこの上ないご馳走だ。
「…なるほど。山姥の伝説は山神、妖、異国の女姓はたまた老婆と意見が分かれるが、すべての説が残り続けている。
ゆえに君は、それに付随するものなら何でも斬れるというわけだな」
膝丸の意見に首肯し、長義は続ける。
「細かい話は省くけれど、白山は感情の発露が無かった。実際に無いのではなく、『感情』やそれに伴う『情動』といったものを知らなかった」
「本人は『嫁入り道具だった』って言ってたけど、懐刀とは違ったってこと?
懐刀だったら情緒とか育ちやすい気がするんだけど」
偏見かなぁ? と首を捻る加州清光には、長義も苦笑を返した。
「俺もそこまで深くは訊いていないんだ。もしかしたら、懐刀であった時間が短かったのかもしれない」
政府で顕現されたばかりの白山を、長義は鮮明に思い出せる。





神に近しい神性を併せた美しさに、温度は無い。
長義は後発組刀剣の初顕現にはすべて立ち会ってきたが、これほど人間的な温度が見えない者は初めてだった。
彼は目を開き、周囲を認識はしている。
けれどそれ以上の反応は返らず、担当の職員たちが戸惑う気配が満ちた。
誰かが動かなければこのままだろうと判断し、長義は彼に歩み寄る。

「初めまして。俺は長義の打った刀、山姥切。君のことを教えてもらっても良いかな?」
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2019.2.21
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