恋は戦争、油断大敵

(1.政府刀フォーマンセル)




「山姥切長義を出せ」

それが本丸で再顕現された肥前忠広が、審神者と近侍に対し言い放った最初の一言だった。
眼光は鋭く、気配は剣呑として、明らかに審神者に対する敵意がある。
好奇心で集まっていた他の刀剣たちが、ざわつく程度には。
ただこの審神者にとって幸いだったのは、近侍が白山吉光であったことだ。
「落ち着いてください、肥前忠広。山姥切長義は、あなたと共に隔離点・文久土佐にて調査を行っていました。
帰還後の部隊は、報告の他に着替えや湯浴みなど、行うべきことが多々あります」
審神者が恐怖で固まっている間に白山が淡々と答え、肥前は彼をじとりと睨みつけた。
「…お前、『ト-翔』所属だった白山か?」
白山もまた、肥前をじっと見上げる。

「そうですよ。『偵察くん』」
「うっせえよ、『通信くん』」

ぷっ、と誰かが吹き出した。
「可愛いあだ名ですね…?」
クスクスと笑った物吉貞宗が頭を後ろへ巡らせ、内番服に着替えた山姥切長義へ問い掛ける。
「隠密任務は、名を使わないに越したことはないからね」
彼の問いへ答えてから、長義は白山の隣へと移動した。
「さて、お呼びかな? 偵察くん」
ようやく現れた目当ての刀に、肥前は迷いなく近づくとその片手を取る。
それが何のためか、肥前の手甲にある紋が光るのを垣間見た長義は、小声で彼を嗜めた。
「おい、君。それ政府に返却していないのか」
肥前の右の手甲の下には、シール状のとある基盤が仕込まれている。
政府内にて本丸側へ知らされることなく運用される、刀剣の状態を瞬時に解析するツールだ。
ツールを仕込んだ手袋を着用して相手に触れれば、それが刀剣なら外傷の有無から精神の揺らぎまであっという間に筒抜けになる。
「返すわけないだろ」
言い返して、肥前が手を離す。
手甲が光ったことは、長義の身体に隠れて審神者や他の刀剣には隠された。
白山は政府所属時にツールの存在をすでに知っている。
(あんたに使うために、返却しなかった。…いや、)
山姥切長義という刀剣男士と共に働いていた政府関係者が、返却させなかった。
彼に対する潜在的ブラック本丸を、炙り出すために。
白山が口を開く。
「偵察くん。あなたの判断で、次に来る『解析くん』の判断もほぼ決まるでしょう。
わたくしは『シロ』と見ましたが、あなたはどうですか?」
長義は戸惑いつつも口を挟まない。
一方で、審神者と本丸の刀たちは不穏な気配を感じ取る。
肥前は審神者を見、この本丸の刀たちを見た。

「安心しろ、おれも『シロ』だ。今のところは」

さすがに黙り続けるのも難しく、初期刀の加州清光が声を上げた。
「ねえ。それどういう意味?」
「あ?」
「白山が元は長義さんの後輩だって知ってるし、あんたも政府から派遣されてるから知り合いなのも分かる。
でも今の話は何? もしかして、俺たちを評定してる?」
肥前がにやりと笑う。
「そうだよ」
隠す理由もないし、むしろおおっぴらに話せと言われていた。

「特命調査・聚楽第を経て、審神者は政府の信用を無くした」

4年も戦いを続けてきたのだから、もう要領は解っているはずだと判断した。
新たな刀剣への対応も、今までと毛色が違おうが審神者として行えるだろうと判断した。
だというのに、政府で『監査官』の肩書まで得ていた刀剣を、蔑ろにする審神者が現れた。
元々が『閉鎖空間である本丸への抜き打ち環境監査』という裏項目もあったが、それにしても目に余る事例だった。

「だから今回の文久土佐は、政府が調査員を複数つけて、調査員を同行させて、いちいち説明させて、1から10まで面倒見させたんだよ」

1から10までこちらが世話をしなければ、審神者は使えないのだと。
政府はそう結論を下したのだ。
「審神者は政府の指示がなければ何も見ない、聞かない、考えない、ただの木偶だと判断されたってことだな」
肥前はこの本丸は『シロ』だと言った。
彼から見て、問題ないと判断されたということだろう。
だから彼に言い返しても仕方がない。
仕方がないと判っているからこそ、渦巻く感情が処理出来ずに加州は拳を固く握る。
「政府にとって、審神者は全部『クロ』ってことかよ…。じゃあ、あんたが言う『シロ』は何?」
決まってるだろう、とばかりに肥前は軽く宣う。

「おれらの言う『シロ』は、『山姥切長義に対する瑕疵がない』って意味だ」

絶句とは、こういうことだ。
この本丸はそんな事実がないと胸を張れるからこそ、政府所属刀にそうまで言わせてしまった審神者が信じられない。
文句を言うより先に長義を振り返った加州は、当人が額を抑え深々とため息を吐いていたので何となく安堵した。
「…いや、…いやいや。随分と大事になっていないか?」
「そう思ってるのはあんただけだ」
「偵察くんの言うとおりです。あなたは目的のためなら、自分自身すら利用しますので。我々が手を取らねば、すぐに行ってしまいます」
まあ大体その見方は合っているので、長義は言い返せない。

「加州君」
呼び掛けられ、加州はそちらを見下ろす。
彼を見上げにこりと笑ったのは、長義の師匠筋である日向正宗だった。
日向は長義に物申している肥前と白山を、柔らかく見つめている。
「良いんじゃないかな。長義君は本丸よりも政府での勤務が長かった。それなら、彼の同僚が彼を心配するのは当然だ」
人の子なら尚のこと、と言われ、加州も改めて政府所属だった者たちを見た。
「彼らの好きにさせてあげよう。その上で、僕らだって彼を仲間として大切にしているんだと、判らせてあげよう」
なるほど、平和な宣戦布告だ。
長義と親しい者たちを見れば、物吉と鯰尾藤四郎に後藤藤四郎はにこにことしていて、
南泉一文字は複雑そうな顔をしながらも何も言わず、へし切長谷部と山伏国広も口を挟む気はないようだった。





それから幾度かの再調査を終え、南海太郎朝尊が顕現された。
加州が前もって進言していたので、本日の近侍は山姥切長義だ。

「やあ、『監査官』。偵察君が何も言わないということは、君は心身ともに健康で問題ないということだね」
「そういうことだよ、『解析くん』。もうちょっと偵察くんの殺意を抑えて欲しかったかな」

難しい要求だね、と苦笑した朝尊に、肥前のときのような剣呑さはない。
見守っていた加州はホッと胸を撫で下ろす。
(まだ話が通じそう…?)
特命調査で留守番組だった加州に分かるのは、彼が罠をやたらと量産していたことだけだ。
「先生!」
「おや、偵察君」
本丸の勝手側から回り込んできたのは肥前だった。
そちらから近いのは道場で、肥前は手合わせに組み込まれていたはずだ。
「…白山はあそこに行かなくて良いの?」
加州は素知らぬ顔で傍に来ていた白山へ問い掛ける。
「構いません。必要なことがあれば、後で『監査官』が教えてくれます」
白山は本日、本丸の前庭掃除担当のため、朝尊たちのやり取りは目と鼻の先。
その彼は長義と同室で、普段なら『山姥切』と呼んでいたはずだ。
「ねえ、その呼び名って、政府で仕事してたときに使ってた?」
「はい。我々が所属していた部隊は、遡行軍の裏を突く隠密です。名は危険要素しかありません」
「なるほどね〜」
そこで気づく。
「…あれ。政府での仕事の話って、俺たちが訊いて良いの?」
逆に白山が首を傾げた。
「機密事項以外に、ロックは掛かっていませんが」
「いや、そうじゃなくて」
すると彼のお供の狐も一緒に首を傾げてきた。

「あなた方は、『政府』に興味が無いのでしょう?」

だから自ら窓口へ尋ねることなく、知らぬ者同士で推測に憶測を重ね、思い込みを正さなかったのでしょう?
白山の言葉に次いで、肥前の告げた言葉が脳裏に刺さる。
ーー『審神者は政府の信用を無くした』。
訊いて良いものとは知らなかった。
どうせあちらは信じていない。
そう勝手に考えたすべては審神者側の言い訳でしかないのだと、そう言う彼らに、信じて貰えねば始まらない。
少なくともこの本丸は違うのだと、加州には大声で叫ぶ義務があった。

「興味あるよ! 訊きたいことめっちゃくちゃあるよ!!!」

今日の宴会は質問攻めコーナーだからね! と指を突きつけた加州を、長義と朝尊は穏やかな笑みで受け止めた。
「可能な範囲で答えようかな」
「お手柔らかに頼むよ」
胡乱な顔をしている肥前と無表情の白山は、おそらく答えようとしないだろう。
彼らに口を開かせることを目標に、加州は宴会準備に追加を乗せるべく本丸へと駆け戻った。
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(全然フォーマンセル要素なかった…)


2019.5.13
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