あなたのためにととのえた、

(2.鬼の居ぬ間にここぞとばかり)




「これはいかがでしょう? 時節もちょうど良いですし」
「いっそ、宛先ごとに違うものを選んでも良いと思うよ」

監査官となる前、政府で働いていた頃に世話になった者たちへ暑中見舞いを送りたい。
何が良いだろうかと山姥切長義(以下、長義)に相談を受けたのは、昔馴染みの物吉貞宗だった。
そこで物吉は、まず長義の徳川以前の昔馴染みである江雪左文字を訪ねた。
すると彼は自身の長持ちの引き出しから、幾つかの便箋と封筒、それに葉書きを取り出し、長義たちを別の刀の元へ誘う。
それが今、目の前でさらに違う文を数種類見せてくれている歌仙兼定だった。
「宛先ごとに違う葉書きを使うのかな?」
尋ねた長義に、歌仙は頷く。
「ああ。同じものだと平等だけれど、つまりは画一的ということだ。
同じ人物からの葉書きが隣の人とまったく同じだったら、味気ないだろう?」
「なるほど。それは一理ありますね」
物吉が感心するのに、長義も同じ面持ちだった。
「確かに…。文面が同じでも、違う絵柄ならマシに見えるかも」
江雪がクスリと微笑む。
「同じ季節の挨拶でも、貴方は自ら認(したた)めるつもりでしょう?
それくらい、貴方の同僚であったならすぐに解りますよ」
「そうだろうか…」
どうやら葉書きに気が向いたようなので、歌仙は便箋を仕舞い自身がストックしている葉書きを出してくる。
もちろん、夏の季節に合ったものを。
「何枚必要かな?」
「うーん…。個人宛に出す気はないから、課ごとに……全部で7枚かな」
運の良いことに、歌仙の持っていた葉書きと江雪の持っていた葉書きとで、10種類あった。
「ならばここから、7種類選んでいくと良い」
「えっ、これは歌仙くんと江雪くんのものだろう?」
相談だけして、万屋にでも買いに出る予定だったのか。
この暑い日中に出掛けるというなら阻止するが。
「構いませんよ。私はすでに使っていますから」
「僕もそうだね。それにこういった『物』は、使ってこそだ。そうだろう?」
歌仙の隣りで物吉もうんうんと頷き、固辞するものでもないかと長義も折れた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

お裾分けしてもらった葉書きは、水彩で描かれた夏の風物詩が美しい一品だ。
葉書きを誰かに出すという使い方ではなく、コレクションする人の子の気持ちも判る。
「先に部屋に置いてきます?」
「そうだね。その後で広間に行こうかな」
そろそろ八つ刻だ。

「あっ、山姥切さーん!」
葉書きを置いて自室を出ると、浦島虎徹が廊下の角から手を振ってきた。
「やあ、浦島くん。もう馬当番は終わったのかな?」
「終わったとこだよー。山姥切さん、これから広間行くとこ? 一緒に行って良い?」
「もちろん」
連れ立って広間へ向かう中で、長義は浦島の話を楽しげに聴く。
「それでさ、蜂須賀にーちゃんと燭台切さん、競争みたいに買い出しに行っちゃって!」
「ふ…ふふっ、それは見たかったなあ」
クスクスと笑う長義にこちらも笑顔になりながら、浦島は広間の厨と繋がるカウンターへ寄る。
「おやつお願いしまーす! ふたり分で!」
「はーい。浦島と誰の分?」
本日の八つ刻当番の1人、大和守安定が袖を捲り直して問う。
なぜか浦島は胸を張った。
「へっへーん。俺と山姥切さんの分!」
ビビッと反応したのは、大和守と同じく八つ刻当番の堀川国広だ。
それを大和守はすでに予測していた。
「うん、分かった。じゃあ堀川、頼める?」
「はーい、任せて!」
返しこそ普段と変わらないが、大和守には堀川の心の内が読めてしまう。
(わー、めっちゃ張り切ってる)
止める理由がないので、大和守は次の男士の相手をするだけだ。

なぜなら、今日は。

本日のおやつはホットケーキ。
「わぁ! 長義さんの、堀川くんスペシャルですね!」
「みたいだね。俺のだけらしくて、何だか他の子に申し訳ないんだけど…」
先に待っていた物吉が歓声を上げるのに、長義は嬉しいけれど、と複雑そうな笑みを向ける。
物吉や浦島のホットケーキと枚数は同じだが、オプションに生クリームと多様な果物が乗っていた。
すかさずフォローしたのは、向かいに座った浦島だ。
「そんなことないって! 堀川スペシャルって、八つ刻の前に、出す皿の何枚目にするか決めてるみたいだし!」
「へえ、そうなのかい?」
さらに続きを物吉が受け取る。
「随分前ですけど、ボクも堀川くんスペシャルだったことありますよ。
たぶん、渡したことのない人には1度は作るようにしているはずです」
脇差であることを除いても、堀川は要領が良い。
長義はあっさりと納得した。
「なるほど。皆に気を配っている彼らしいね」
今度はちゃんと嬉しそうな顔になって、長義はホットケーキにナイフを入れ始める。
浦島と物吉は互いを讃える目配せを送った。

ふたりが長義へ話したことは、嘘も真も半分ずつだ。
堀川がおやつのスペシャル版を作ることは本当だが、スペシャルがどう出てくるかは教えてくれない。
初めての者へスペシャルを出すのは本当で、けれど長義に限っては違う。
条件さえ揃えば、長義には毎回スペシャルが出てくるだろう。
(長義さんは、堀川くんにとっても『特別』ですから)
堀川にとって『も』、だ。
物語にのみ生きる刀にも、すでに実在しない刀にも、写しを持つ刀にも、もちろん写しの刀にも。
山姥切長義という刀は、先に本丸に顕現していた多くの刀にとって、多くの意味を持つ刀だった。

それに気づけているかは別として。
>>
(鬼ではなくて刀だけれど)


2019.8.18
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