あなたのためにととのえた、

(3.自分で言った言葉なので)




広間へ行こうと廊下を歩いていた国広は、向こうに目当ての刀を見つけて咄嗟に声を投げた。
「ほん…、山姥切!」
咄嗟がゆえに出てしまった単語を慌てて呑み込めば、相手が足を止め振り返った。
「偽物くん、何か用かな?」
他の者が彼を呼べば、漏れなく笑顔が返る。
それがないのは国広だけで、その事実に悲しくなるのはいつものことだ。
「あ、あの、…これを、受け取ってくれ」
足早に彼に近づき、手にしていた箱を押し付けるように渡す。
すでに回数を重ねていることでもあるので、長義も押し返すことはしなかった。
「…これは?」
「し、シロフネ堂のカステラだ。俺の好きな菓子のひとつで、あの、包丁が」
「? 包丁くん?」
「ああ。包丁藤四郎も、その、『甘さ控えめ』と評価していたから」
続く言葉は予想できたが、長義は敢えて国広の言葉を待つ。

「な、南泉も、食べられると思う」

この本丸で、長義にもっとも親(ちか)しいのは南泉一文字だ。
そしてその南泉は、苦味、辛味、酸味は好むが、甘味だけはいまいち好まない。
けれど長義が貰った菓子をひとりで食べることはなく、高い確率で分ける相手は南泉だった。
(…ふむ。良をあげても良いかな)
長義は胸の内だけで呟く。
箱の上に載る一筆箋にはやはり敢えて触れず、長義は菓子箱をしっかりと受け取った。
「…まあ、毎回言っているけれど。菓子に罪はないから、貰っておこうかな」
あからさまにホッとする国広に背を向け、長義は自室の方角へ去っていく。

彼の姿を見送って、国広は大きな息と共にその場へしゃがみこんだ。
「………受け取って、くれた」
つい口許が緩み、慌てて手で隠す。
このやり取りは毎度こんな様相で、俗世に詳しい博多藤四郎は『バレンタインたい…』と評している。
しかし隠した下で、国広はすぐに唇を引き結んだ。
(また、『本科』と口にしそうになった)
国広が、長義の許可なくそう呼ぶことは許されないと、自分で決めた。

なぜなら国広は、『山姥切の写し』なので。

「俺は山姥切の写しだ」と言った。
「山姥退治なんて俺の仕事じゃない」と言った。
「写しに霊力を期待するな」と言った。

山姥切国広が、己がその口で、言ったのだ。
だから国広は、それらの言葉に責任を持たなければならない。

山姥退治を本科・山姥切に投げておいて、自分も山姥を切ったのだと声高に言えるだろうか。
そもそも国広の持つ山姥切の物語は、『斬って退治』ではなく『退けた』のみだ。
監査官という肩書まで持っていた山姥切長義が、それを知らぬ道理などない。
けれど彼は、国広を『偽物』と呼ぶ。
山姥を斬ったことを誇らぬ、なのに審神者たちに山姥切と認識される国広を厭う。
(…当然の結果だ)
立ち上がり、ボロ布を深く被り直す。
(『本科』だなんて呼んだら、他の人間たちがまた認識を間違える)
長義が『偽物』と呼ばなくなるのは、すべての本丸の認識が正されたときだろう。
だからそれまで、国広が勝手に彼を『本科』と呼んではいけない。
ーー人間は単純なので。
うっかり演練場等で聴かれてしまったら、『あそこの長義さんは国広と呼んでいるのに?』なんて、また面倒が起こる。
そう名乗ったのは『山姥切国広』で、結果として引き起こしたのも『山姥切国広』なのに。

だから国広は、長義を『本科』ではなく『山姥切』と呼ぶ。
ことの元凶ならばせめて、写しとしての役割を果たさなければならないので。

広間へ赴けば国広は八つ刻の客のほぼ最後で、八つ刻当番もおやつを食べていた。
堀川が隣を指差したのでそちらへ行くと、焼きたてのホットケーキが食欲を思い出させる。
「すまない。遅れた」
「大丈夫。あと3人ほど来てないしね」
向かいの大和守の言に厨と繋がるカウンターを見遣れば、確かにホットケーキ以外の盛り付けが終わっている皿が3枚。
「道場のやつらじゃないのか?」
「そうだね。僕らが食べ終わるまでに来なかったら、僕らで食べちゃおうか」

国広が蜂蜜をたっぷりとかけたホットケーキを頬張っていると、堀川が徐に尋ねてくる。
「ねえ兄弟。もしかして、山姥切さんに新しい贈り物でもした?」
「っ?!」
うっかり息が詰まった。
よく分かるねえ堀川、と言った大和守の暢気な声が恨めしい。
堀川は苦笑する。
「ごめんね。兄弟、何か嬉しそうだったから」
真実そのとおりであるので、国広はやっぱり隠し事が出来ない。
「……シロフネ堂のカステラだ。あれなら南泉も大丈夫じゃないかと思って」
「あー、確かに。あそこのカステラ、あっさりめだよね」
「良いチョイスだね、兄弟! あ、一筆箋は書いたの?」
例え厭う相手からのものでも、他意がなければ長義は受け取る。
持てるものこそと与えたがりの刀であるが、受け取るのも上手い刀だ。
だから、『贈り物を話題の種に出来るのでは』と思い立った国広が突然に菓子折りを押し付けても、不可解そうにまずは話を聞いてくれた。
結果だけ言うなら、先の『菓子に罪はないからね』で終わってしまったのだが。
一筆箋に伝えたいことを1つだけ書いてみてはどうか、と提案してくれたのは、もう1振りの兄弟刀である山伏国広だった。
おかげで国広が何かを贈った10日後には、長義から一言認められた一筆箋と何かしらの消耗品が返される。

(…にしても、まんばがここまでやるとは思わなかったよね)
大和守は密かに思い返す。
(堀川のことも、山伏のことも、ほとんど興味なかったのに)
生憎と大和守は写しではないし、写しを持った覚えもないのでその辺りは判らないが。
(よっぽど効いたんだろうなあ。南泉、めっちゃ怒ってたし)
大和守は国広ではないので、正確なところは知るところではないけれど。
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(自分が変われば他者も変わると知った)


2019.8.18
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