見果てぬ闘いのロード。
気づけば分かたれていたその道の交差を、諦める気など毛頭無かった。
釈然とせぬまま無理やり納得して、後の人生を刻み続けるなど。

(フン。オカルトも偶には役に立つ)

闘わなければ勝てない。
勝てなければ生き残れない。
海馬瀬人における『人生』とは、闘い続け勝ち続けることにあった。
ーー海馬コーポレーションを率いるトップとして、1人の決闘者(デュエリスト)として。
KCのトップとしてであれば、闘う相手は幾らでもいる。
人だけではなくあらゆる数字が闘う相手であり、価値を測る道具でもあった。
しかし、決闘者としては。

「ようやく辿り着いたぞ。貴様の居る場所まで」

時折フラッシュバックで垣間見ていた異国の風貌に、あの鋭く好戦的な眼差し。
違和を覚えるとすれば、容貌以外に。
(…なるほど)
風格、あるいは威圧感とでも形容しようか。
彼が『王(ファラオ)』等とファンタジーな呼称をされていた理由が、海馬にはようやっと理解出来た。
(あの"器"では、発揮出来なかったというわけか)
器…武藤遊戯…もまた一流の決闘者であったが、彼は『武藤遊戯』以外の何者でもなく。
今、見上げる先の玉座に座す者はやはり別人であったということだ。
ーー海馬がデュエルを挑む相手はただ1人。

「俺の相手は『ファラオ』等という不特定多数ではない。"アテム"、貴様ただ1人だ!」

太陽神と同列たる『王』は、酷く愉しげに笑う。
海馬の中で止まっていた記憶を、塗り替えるように。








ー21グラムの叫びをー








立ち並ぶ衛兵たちの間を抜け、神官たちを通り過ぎ、辿り着いた荘厳な間。
"謁見の間"等という、厳(いかめ)しい名称が頭に浮かんだのも頷ける。
外部と接触する場所は相手を迎えるに相応しく、またそれ以上に主の威光を示さねばならない。
例えば、海馬コーポレーションの応接室のように。

「わざわざ冥界くんだりまで訪れた客を、追い返すような真似はすまいな?」

跪くことなく、頭(こうべ)を垂れることすらなく。
居丈高に王へ言い放つ男を、様々なざわめきが取り囲む。
「ないな」
壇上の王が答える。
ただし、と深紅の瞳が海馬を見据えた。
「お前の返答如何によっては、対処を考える必要がある」
「ほう?」
海馬も笑みを消し、王を…アテムを見上げた。

しん、と張り詰めた沈黙が謁見の間を支配する。
やや間を置き、壇上の彼は口を開いた。

「ーー帰り方は解っているか?」

どんな深刻な問いかと思えば。
笑い出しそうになった海馬は、その衝動を寸でのところで呑み込んだ。
「何を言うのかと思えば…」
馬鹿者が、と吐いてやりたい。
海馬が勝手にやって来ただけなのだから、そんなことは些事と捨て置けば良いものを。
周囲をそれと気付かれぬ程度に見遣れば、苦い色を滲ませている者が幾人も居る。
無論、アテムに程近い神官たちもだ。

不躾な訪問者など、追い返せば良い(されてやるつもりはないが)。
それの事情を慮る必要性もどこにもない。
(ない。が…)
それが『遊戯』と海馬が呼ぶ決闘者(デュエリスト)でもあった。
『武藤遊戯』がそうでないとは言わないが、生憎と海馬が決闘(デュエル)を通して知っている『遊戯』はアテムだけだ。
肩の力を抜き、質問に答えてやる。

「貴様、俺が帰り方も解らぬ子どもだと思うのか」
「思わない。が、ここはお前の生きている場所ではないからな」
「フン、余計な世話を。一方通行など、未来だけで十分だ」

不確実なものであることは、伏せる。
万が一…いや、億にひとつを考慮してすべて"遺して"きたことも、同様に。
(決闘の腕を鈍らされては敵わん)

「ふっ…はははっ! 相変わらずだな、海馬」

未来、とは。
海馬が簡単に言ってくれるので、アテムは声を上げて笑った。
その笑顔は、冥界に還ってからの彼が見せたことのない無邪気なもので。
(この方は、)
このように笑うことが出来たのかと、ブラック・マジシャンとして傍に付き従ってきたマハード以外の者たちが思う。
かつて生きた時代でも、彼がそのような笑顔を見せたのは先代が存命であった頃まで。
在位の間に彼の笑顔は『王』としてのそれに彩られ、どこかへ消えてしまった。
そこへ、あの忌まわしき出来事が続き。

彼らが驚いている間に、彼らの王は軽やかに雛壇を降りてしまった。
「決闘に来たんだろう? なら、場所を移動するぞ」
謁見の間を壊すわけにはいかないと言うアテムに、海馬は問題ないと返す。
「ソリッド・ビジョンなら、衝撃を体感するのはプレイヤーだけだ」
「…? カードの立体化映像の話か?」
「いいや。もっとリアルに、より体感する。それが次世代デュエル・ディスクとそのネットワーク、『デュエル・リンクス』の力だ」
「?? そのデュエル・ディスクの話か?」
「そうだ。これはデュエル・リンクスの末端起動装置の役割を……と言っても、テクノロジーから切り離された貴様には分からんか」
「…ふん。悪かったな」

勝手に歩き出したアテムの後を、海馬は仕方なく着いて行った。
光を神々しく取り込んでいた広間を後にし、奥へと続く日陰となった通路を歩く。
アテムが歩きながら口を開いた。
「古代エジプトにおいて、現代の決闘は"ディアハ"と呼ばれる。お前も博物館で見ただろ? M&Wのカードを巨大化したような石版」
王にのみ許されし色彩のマントが、ひらりと揺れる。
「…あの巨大な石版を動かすと?」
あり得ない、という響きを隠さない海馬を振り仰ぎ、アテムは意地悪く言ってやった。

「俺(アテム)と決闘したら、お前の大嫌いなオカルトのオンパレードだぜ?」

心底嫌そうな顔をしながらも、海馬は決闘することは否定しない。
それに満足して、アテムは続けた。
「次元領域決闘のことは断片的にしか分からないが、闘い方はそれと似ている。
プレイヤーは魂(バー)を削って精霊(カー)を喚び出し、闘う」
聞き捨てならない単語だった。
「寿命を削るというのか?!」
「古代エジプトにおいては、だ。ここは『冥界』だぜ?」
石壁の通路の先に、人影があった。
アテムが人影に向けて軽く手を上げる。
「助かるぜ、セト」
「いいえ。お安い御用です」
韻は違うが海馬と同じ名前の男は、肌の色と装束を除けば気味が悪いほどに海馬に瓜二つ。
セトという男はアテムを先の扉へ恭しく通した後、続いた海馬を忌々しげに一瞥するとローブを翻して背を向けた。
「…フン」
アレは根本的に合わない相手だ、と海馬は思うに留める。

謁見の間以上に広い空間だった。
「ここが決闘場か」
「ああ。ちょっと待ってろ」
扉より低い位置のフィールドへ降り、アテムは場の中央へ跪くと片手を地面に触れる。

「『ファラオの名において汝へ命ずる。天輪の道を拓け』」

ズゥンッ! と心臓をも揺らすような地響きが起きた。
「な、何だ?!」
扉側の壁で身体を支えた海馬は、映った光景に大きく目を見開く。

フィールドの周りの壁石が、天井の石が器用に蠢き、アテムの眼前へと巨大な体躯を形造る。
その姿に見覚えがあった。
「"守護者(ガーディアン)スフィンクス"だと…っ?!」
M&Wに存在するカードが、この決闘場の壁と屋根を形造っていたというのか。
天井と壁が消え去り…正確には違う存在に換わり…、決闘場は見た目にも広大となった上に明るくなる。
頭(こうべ)を垂れ伏せの体勢を取ったスフィンクスに、アテムは首肯した。
「ああ、頼んだ」
瞬間、炎の塊のようになったスフィンクスがアテムの退いたフィールド中央の石版へ飛び込む。
フィールド全体がカッと光り輝き、ぶわりと風が吹いた。

立ち上がったアテムが海馬を振り返る。
「よし。もう良いぜ、海馬」
真実、オカルトとしか思えなかったが。
(…認めん。いずれ科学で証明してやる)
別の闘争心にも火を着けられ、海馬はそれを仕舞い込む。
再び地響きが…今度は随分小さな音の…聞こえ、アテムが立ったフィールドの奥に5枚の巨大な石版が迫り出した。
何も描かれてはいない。
「生憎と、ディアハにはM&Wでいうモンスターカードしか存在しないんだ。罠カードと魔法カードはそっちで補完してくれ」
ドローは何とか出来る、と。
こちらが実現出来ない可能性をまるで排除した物言い、それが海馬には愉快だった。
「良いだろう。デュエル・リンクス、起動!」
青白い光が海馬のデュエルディスクから放たれ、アテムまでもを包み込む。

「「デュエル/ディアハ!!」」





何ターン、過ぎただろうか。
靭やかな指先が、すっと海馬の隣を指差した。
「時間切れだ。海馬」
「…っ、なに?!」
振り仰いだ先、喚び出していた"青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)"。
それが翼から、どんどんと黒い粒子に侵され消えていこうとしている。
「くっ…」
デュエル・リンクスの展開範囲を、自身の周囲だけに絞る。
当然、アテムのフィールドに配置されていた伏せカードは消えた。
「やっぱり良い下僕(しもべ)だな、ブルーアイズ。主人の盾になったか」
海馬へ歩み寄り伸ばしたアテムの腕が、翼から瓦解していく三つ首の"青眼の究極竜"の頭を撫でる。

「古代エジプトでは、死した王族は死者の国に居を移し、必ず復活するものと信じられ崇められた。
その信仰の根強さが『冥界』…この地を形造った」

唐突に過ぎる話だった。
珍しく困惑した海馬に構わず、アテムは話を続ける。
「海馬。藍神たちの説く理論は訊いたか?」
「『人は他人を認識することで存在している』…か?」
「そうだ。俺が"生きていた"当時、その前後も…神々と死者の国への信仰はとても強かった。信仰とは、『認識すること』に他ならない」
信仰という認識は、現世では知覚出来ない世界に新たな世界を創った。
「俺の推測だが、同じように『涅槃』や『天国』も存在するのだと思う」
まだ海馬は、アテムの言いたいことが分からない。
頭の中は彼の話す"オカルト"を、科学的に説明することでいっぱいだ。
解らないか? とアテムが愉快そうに肩を揺らす。

「どこの国の信仰でも、時代でも。そこで崇拝される『神』や『世界』は"同じ"だ」

ハッと、海馬はアテムを見つめ返した。
「座標が固定出来るということか…!」
神仏へ祈る、その祈りの先はすべて1つに集約される。
認識されることで人の世界が形造られているというのなら、その理論は人が信仰する宗教の世界にも当て嵌まった。
(となると…)
またも考え込んでしまった海馬に、仕方ないとアテムは三つ首のブルーアイズを見上げる。

「ブルーアイズ、俺の魂(バー)を貸してやろう。お前の主人を元の場所に帰してやれ」

アテムの手が触れた箇所から淡い光が上がり、ブルーアイズへ流れ込んだ。
その光はブルーアイズの身体を覆い、瓦解した箇所を瞬く間に修復する。
身体を取り戻したブルーアイズはキシャアと鳴き声を上げ、海馬の白いコートを器用に咥えて引っ張った。
「おい、何を…!」
「早く行け、海馬。これ以上モクバに心配を掛けるな」
モクバ、彼のただ1人の家族。
予想通り固まった海馬に、分かりやすいなとこっそりと笑って。
「モクバも俺の『友』だ。大事な友人を蔑ろにするなら、俺だって怒る」
意外ではない。
様々な出来事があって、モクバが遊戯たちに随分と懐いたのは周知の事実だ。
ーートン、と。
アテムの右拳が海馬の左胸を叩いた。
「来るなとは言わないぜ。お前は誰かが言って止めるヤツじゃないからな」
けれど、とアテムは彼の青い目を見つめる。

「お前は『生きてる』。それを忘れるな」

海馬は言葉に詰まった。
肉体は魂の檻であり、そしてここは魂…認識だけの世界。
青の抱く懸念が手に取るように判ってしまい、アテムは苦笑した。
「安心しろ。俺はここで待っているから」
死んだ人間が生きている人間を諭すとは、何ともおかしな話だ。
しかし神仏の教えは"そちら"へ至った者の遺したものであるし、そもそも『神』は生者という枠なのだろうか。

「エジプト神話の世界を、太陽神ラーを信仰する人々が居る限り。ーー俺は、ここに居る」

そして。
もう1人の『武藤遊戯』として在ったアテムのことを、誰かが認識し続ける限り。
「現代から三千年前の王であった俺も、『武藤遊戯』であった俺も」
存在し続ける、ずっと。
(…ああ、でも)
可能性があるとすれば。
(あんまり遅いと、先に俺の"順番"が来ちまうかもな)
死者の国は、現世への復活の儀式を受けるまでの待合所だ。
それが真実かどうかは、さすがにアテムも首を捻るところである。

チッ、と舌打ちが落ちてきた。
「確かに、システムの現時点の完成度では…これ以上ここに留まることは出来んようだ」
服の裾をくいくいと引っ張るブルーアイズの頭をひと撫でし、海馬はその首にひらりと跨がる。
「貴様が俺に話した理論も、検証する必要があるな」
アテムは科学者ではないし、それは海馬も然り。
科学を用いてこの場所へ来た海馬は、同じく科学ですべてを証明するのみだ。
(意識の昇華、魂という意識について、そして冥界の存在。すべてが証明出来るはずだ)
デュエル・リンクスを世界へ提供することを約束した海馬には、その責務がある。
それに。

「貴様との決闘を中断してしまったからな。次は決着をつけてやる」

海馬の言へ呆れたように笑い返して、アテムは首を軽く空へ振った。
「行け、ブルーアイズ」
キシャア! と先程よりもはっきりとした鳴き声を上げ、ブルーアイズが大きな翼を羽ばたく。

「アテム、貴様を倒すのはこの俺だ。例え冥界といえど、他の有象無象に敗けることは許さん!」
「そっくり返すぜ、海馬。相棒以外に敗けんなよ?」

まだ敗けておらんわ! と吐き捨てる声を最後に、ブルーアイズは飛び立った。
大きな身体が大神殿に影を作り、海馬が来たという方角へ飛んでゆく。
青白く輝くドラゴンを見送りながら、アテムは眼差しを細めた。
「やれやれ…とんだ好敵手(ライバル)様だ」
そうごちた彼の口許には、穏やかな笑みが浮かぶ。







大神殿の内庭のひとつで、藍神は聞き覚えのある鳴き声を聴いた。
耳を疑い、聴こえた方角を見上げる。

バサリ、と。
巨大な影が藍神の上を通り過ぎた。

「あれは…!」
兄の隣で、セラも目を丸くした。
「青眼の究極竜?!」
『冥界』に融合の概念があるかどうか、2人は知らない。
仮に無かった場合に考えられるのは。
「アイシス様! 王は…アテム様はどこに?!」
シャーディーと会い、話し、落ち着いたところだった。
本来生者である身が冥界へ長く留まることは、肉体への影響が大きい。
最後にもう一度アテムに目通り願い、それから帰ろうとセラと話していた処にこれだった。
イシズによく似た容姿をしたアイシスは、あちらに、と神殿の一角を指差す。
「セトに決闘場の準備を申し付けておりましたから、そちらかと」
セラが慌てた様子で乞う。
「道順を教えて下さい! もしかしたら…!」
彼女の不安の理由を、藍神は違わず察した。

(海馬瀬人か…!)

青眼の白き竜(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)とその系列のモンスターを操る者は、藍神もセラも彼しか覚えがない。
アテムとデュエルで決着をつける為だけに、たった1年で軌道エレベータやデュエル・リンクスを造り上げた男だ。
(あの男なら、)
彼の人の魂を、現世へ引き摺り戻す暴挙すら取り兼ねない。
2人の様子が尋常でないことに気づき、アイシスは頷いた。
「案内します」
藍神とセラは小走りになった彼女を追う。

決闘場を閉ざす結界の入り口はすでに解かれ、居るはずのセトの姿もない。
アイシスは決闘場に入ると、上階へ上がる階段へ向かう。
ピラミッドを臨める展望口には、セトが立っていた。
「セト! 王はご無事ですか?!」
慌てた様子の彼女らをちらりと見、セトは答える。
「無論だ。あの異国の男もすでに去った」
言葉を交わす彼とアイシスの間を、藍神とセラは勢い余って走り出てしまった。
バルコニーのような展望スペースの奥で、アテムが驚いたようにこちらを振り返る。
「どうした? そんなに慌てて」
無事だった。
藍神とセラは胸を撫で下ろす。
「さっき、青眼の究極竜が」
「ああ。海馬ならさっき帰したぞ」
やはり来ていたのだ、あの男が。
(一体どうやって…?)
彼は武藤遊戯と違い、藍神たちと波長が合わない。
同調意識を保てる集合体という意味で、『プラナ』に勝る数の集合体は存在しない。
それに、『王の記憶の石版』という媒体も無いだろう。
考え込んでしまった兄妹に、アテムは首を傾げた。
「海馬がどうかしたか?」
純粋に不思議そうな彼は、海馬の常軌を逸した数々の行動を知っている訳ではないのだろう。
「…あの男はどうやってここへ?」
「守備隊の話では、西の砂漠に見知らぬ舟が降りてきたそうだ。たぶんそれだろう」
舟、とは。
「舟…まさか、ディエル・リンクスにおけるニューロンズ・バトルシップ? 高次元へのアクセス…周波数の集束……いいえ、でもそれだけでは」
セラの呟きで、閃いた。

「…『キューブ』だ」

兄の零した単語に、セラが勢い良く顔を上げる。
「まさか、彼があれを手に入れたというの?!」
だってキューブは、と同じ光景を思い出したのであろう妹へ、藍神は続けた。
「僕は武藤遊戯に敗けて、千年リングに残っていた邪念に取り込まれ魔物化した。その後…」
アテムが降臨し闇を払い、藍神たちから『プラナ』の証は取り除かれたが。
「手元に無かったから、証と一緒に消えたと思ったんだ。でも、」

もしも『キューブ』が、あの会場に残っていたとしたら。

「そう考えれば、あれから1ヶ月も経たない内にあの男がここへ来れたことにも、理由が付けられる」
キューブの力は失われた。
けれどそこから読み取れるものはあるだろう。

彼ら兄妹の話の内容が、アテムにはさっぱり分からない。
説明するにも、藍神たちには時間が足りなかった。
「…アテム様。あいつは…海馬瀬人はなぜここに?」
「俺と決闘するためだって言ってたぜ」
「それだけですか?」
「ああ。今回はあいつのシステムの調子が悪くて、途中で止めたが」
つまり、また来るということだ。
「アテム様、海馬瀬人に会うのは危険です。再びあなたを現世へ呼び戻し兼ねない!」
藍神の剣幕に驚いたアテムだが、すぐに穏やかな笑みに戻った。
「ありがとう。だが、それは大丈夫だろう」
不確定な言い方にしては、表情が確信に満ちている。
「オカルトな話だから納得はしていないだろうが、あいつは次元の仕組みを大体理解している」

アテムに会うためには、あちらから『来る』しかないのだと。

「千年アイテムはすべて回収した。遥か過去の魂を宿せる媒体は、1つとして現世に存在しない」
生は死へと、後戻りせずに進む。
そしてアテムは、数多くの人々の『認識』によって冥界に座している。
「『死したる王は冥界に』。あまりにも多くの民がそう信じた。
現世でもそうだ。『名も無き王の魂は冥界に在る』と、信じられている」
数多くの認識が同調し昇華された先である高次元の世界は、死者をも認識の内に取り込む。
「そして俺たち死者は、生者の認識を覆せない。死んでいるからな」
次元上昇と死は、似ている。

「至れば後戻りは出来ない。死者は蘇らない」

ゆえに、復活の思想がある。
「科学でここまで至ったから戻れるんだ、海馬は。あいつは死者が蘇らないことを科学で証明出来るだろう。
俺の魂が千年パズルに宿っていたというオカルトを信じたとしても、ゆえに不可能であると理解する」
媒体なくして、冥界の扉は開かれない。
だから大丈夫だと言い切るアテムのそれは、海馬への"信頼"だった。
(この方は信じられるのですね。彼を)
(例え連れ戻されたとしても、この方は怒りはしないのだろう)
三千年を封印として眠り、僅か2年を現世で過ごし、ようやく在るべき冥界へ還り着いた王は。
藍神とセラにも、優しく笑いかけた。

「さあ、お前たちも帰る時間だぜ」

金色の粒子が、2人の指先から上がっていく。
現世で意識を切り離された者のように、『冥界』という次元から意識が切り離されていく。
「…っ」
言葉が喉につかえて出てこない。

「ーーまた、いつか」

投げ掛けられた餞別の言葉は、これ以上ない程に残酷で、優しく。
「アテム様…」
セラの姿が消える。
それこそソリッド・ビジョンが解除されるように、粒子に身体が溶けていく。
「アテム様っ!」
伝えなければ、という強い思いが、藍神の貼り付いた喉をようやく解かした。

「僕を…僕たちを救ってくれて、ありがとう…!」

虚を突かれたような顔をして、それでもアテムは頷きを返す。
泣き笑いのように笑んだ藍神も妹に続いて姿を消し、別次元からの訪問者は皆、去った。
(笑えるのなら、大丈夫だろう)
アテムは抜けるような青の空を見上げる。
(…随分と、多くの因果を遺してきてしまったな)
特に海馬の件は、彼の執念を見誤ったアテムの手落ちだ。
幾らでも付き合ってやるつもりではあるが、無茶をしなければ良いと思う。
(さて、と)
バサリとマントの裾を払い、アテムは黙してこちらを見守っていたセトとアイシスへ向き直った。
「アイシス、シャーディーを遊戯室へ呼んでくれ。ついでに女官へ茶の用意を言付けろ」
「畏まりました」
「セト、お前は俺に付き合え。シャーディーの話は俺には荷が勝ちすぎる」
「承知いたしました。…そのようなことはないと思いますが」
「下手な世辞はいらないぜ。何せ俺は、現世の常識が染みつき過ぎてる」
以前にセトが進言した言葉を引用する辺り、中々に性格が悪い。
もっとも、善であるだけでは『王』は務まらないのだから、まだ可愛いげがあった。
セトが何も返さなかったことを合図に、アテムは神殿内部へと戻る。
(明日はいろいろ報告が上がって来るんだろうな)

しばらくは、忙しくなりそうだ。
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2016.5.15
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