ーー見渡すかぎりの砂漠に、浮かぶ蜃気楼。

相変わらず、ここは暑い。
暑さに熱さが重なるようなイメージが沸くが、ある意味精神世界と言える地だ。
暑苦しいと思われる海馬の出で立ちも、当人には別段不快には感じられない。

左腕のデュエルディスクを確認すると、グリーンのランプが点滅している。
エラーでも通知でもなく、また『ディメンション・システム』に何かあったわけでもない。
(次元移動したことで、プログラムの一部が分離したか…?)
バトルシップから降りる前にシステム全体のチェックを行ったが、特に問題はなかったので決行とした。
(…3ヶ月ぶりか)
モクバによる『ディメンション・システム』のシステムチェックは、当然ながら厳しい。
スケジュールもあるが、月に一度通れば良い方だ。
「…?」
快晴の中で影が出来、顔を上げる。
そこには2度ほど見たことのある精霊が翔んでいた。
「客人よ。王は本日、庭におられます。こちらへ」
大神殿にて『王』の客人と認識されてから、稀にこういうことがあった。
どうやらこの"冥界"は海馬の目に映る以上に広く、『王』の行動範囲も広いらしい。
(当時はそうはいかなかったろうがな)
いつもは街を突っ切っていたが、精霊だという少女に着いて道を逸れた。



小振りな造りの神殿まで案内され、拓けた場所に繋がる通路へ出ると女官に無言で足を制される。
「王はお召し替えの途中にございます」
人の裸をわざわざ見る趣味はないので、壁に背を預け素直に待つことにする。
すると通路の先から声だけがこちらへ届いた。
「海馬か? 久し振りだな」
訪いを告げた者が別に居たのだろう、驚いた声音ではない。
「フン。システムは万全を期すに越したことはない」
だろうな、と微かに笑う声がした。
「…よっ…と。良い時間に来たな。こっちに来いよ」
別段跳ね除ける理由もなかったので、海馬は声の聴こえた方へと足を進めた。

青空の元に広がっていたのは、一面の睡蓮。
ピラミッドとは違いすべての床が白亜の大理石で彩られ、豊かな水を湛えている。

「ここは『祈りの泉』と言って、王族のみが使う祈祷の場だ。睡蓮はかつてから、"死者の国"と"復活"の象徴とされている」
夜に花開き、太陽が天頂へ昇る前に閉じる。
その神秘性から、数多くの神々を表す象徴ともなった。
「お前に花を愛でる情緒があるかは知らないがな」
例によって余計な一言をくれた少年に、小さく舌打つ。
「貴様は毎度、憎まれ口を叩く」
「性分だ」
くつくつと笑うアテムは、常に羽織っているマントの無い姿だ。
衣装の白と浅黒い肌の対比が強い。

「なあ、何か光ってるが」
それ、と指を差されたのは、海馬のデュエルディスク。
グリーンのランプはずっと点滅したままだ。
「大方、プログラムが分離したのだろう。システム的なエラーは無い」
「ふぅん…?」
見慣れた仕草でアテムが小首を傾げる。
おそらく海馬は生前…という表現が的確かは不明だが…に親しかった遊戯や城之内よりも、余程『彼』を見慣れていた。
(違うとすれば…落ち着きの有無か)
目の前の彼は『王』として、そして1人の決闘者として数多の経験と、"闇"を併せ持つ。
"闇"とは、本能以外に縛られる人間特有のものだ。
「なら、デュエル・リンクスを展開してみたらどうだ?」
今の展開範囲は海馬自身のみ。
やってみる価値はあるが、展開した途端にエラーが発生するということもあり得た。
「ここで決闘は無理だが。ここならお前に何か起きても、まあ…何とか出来るだろうしな」
「フン。貴様に頼る気などないわ」
知ってるぜ、と肩を竦めるアテムを余所に、海馬はデュエル・リンクスを展開する。

「デュエル・リンクス、起動!」

核(コア)が青い光を発し、ソリッドビジョンを投影するための空間が広がった。
途端、青の核から金色の粒子がぶわりと溢れ出る。
「何?!」
常にはない挙動を見せたデュエルディスクに海馬が目を見開き、アテムは金色の粒子が何かを形造る様を見つめた。
(四角錐…か?)
アテムが身に着けている千年錘を2つ、上下で合わせたような。
一瞬だけ『ウジャトの眼』を見せた金の四角錐は次の瞬間には粒子へ戻り、意思があるかのように再び何かを形造っていく。
「なっ…!」
海馬が絶句した。

金色の粒子は人の形を取り、色を載せた指先がアテムの頬を包む。
触れているようないないような、不思議な感覚だった。


「ーー初めまして。俺の父であり、そして母である人」


眼の色は、懐かしい朝焼けの色。
けれど姿は。
「お、俺…?」
どう見ても、アテム自身だ。
驚愕とは、過ぎると何の言葉も浮かばないものらしい。
事情を知っていそうな海馬をその姿越しに見ると、彼は驚愕と怒りをないまぜにして盛大に叫んだ。

「あ、《ATEM》貴様ァァアアーーーっ!!!」







海馬の怒声にすっ飛んできたマハードが、『彼ら』を見て悲鳴を上げるのは5秒後の話である。
そしてこれが、冥界の歴史に刻まれることとなった大騒動の発端であった。

「…まあ、今思い返すと本当に下らない話だが」

おかげで毎日退屈しないぜ、と。
冥界の主オシリスの弟であり、太陽神ラーの息子である少年王はやれやれと笑う。
「なあ、アテム。このヒエログリフ、1つだけ形が違うんだが」
「ん? ああ、それは…」

彼の隣には、今日も海馬コーポレーションの誇るAIが居る。
End.

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2016.6.18
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