1.








相手の場にはリバースカードが1枚、そして相手の要たる魔法使い族モンスターが1体。
(賭けだ!)
召喚したモンスターへ命ずる。
「行け! 方界超獣バスター・ガンダイル! ブラック・マジシャン・ガールを攻撃!!」
火柱が上がり、光の砲弾が相手モンスターを貫く。
爆音と爆風に腕で顔を庇った後、固唾を呑んでフィールドに表示されたライフポイントを見つめた。
ピイーッ、と甲高い音でカウンターが止まる。

ーー0(ゼロ)。

敬愛して止まぬ存在とまったく同じ姿をした対戦相手は、笑ってディーヴァを…藍神を見返した。

「お前の勝ちだ、ディーヴァ・イシュタール。そして、おめでとう。俺の『バトルシティ・デッキ』に勝利した、最初の決闘者(デュエリスト)」

藍神はその言葉を、半ば信じられない思いで聞いていた。
「…勝った。僕が」
この地球上でもっとも広大であり、最大のデータ量を誇るクラウド・ネットワーク『DUEL LINKS』。
M&Wに関するすべてを持ち得ると言っても過言ではないその中で、公式デュエルの管理者であり監視者たるAI《ATEM》は、1人の挑戦者を祝福する。
「ああ、見事な戦術だったぜ」
デュエルが終わったことで、フィールドが通常のAI対戦モード選択画面へ戻った。
今まで『???』と表示されていたリスト部分が表示される。

ーー挑戦デッキ:"オシリスの天空竜"。

《ATEM》の固定デッキ3種のうち、最後の1つ。
彼のイメージの元となった存在が、冥界へ旅立つ切っ掛けとなった『神のカード』を有するデッキ。
(勝ったんだ…僕が…。次元領域デュエルじゃない、このデュエルで)
またひとつ、目標に近づいた。
(でも、まだずっと先がある)
かつてプラナたちと共に高次元を目指していた藍神は、一度只人に戻ってから新たな目標を2つ定めた。
1つは、海馬瀬人から『量子キューブ』を取り戻すこと。
そしてもう1つは、デュエルの腕を磨き勝ち続けること。
(いつか再び『あの方』と見(まみ)えたときに、胸を張れるように)
「ところでディーヴァ。ちょっと聞きたいんだが」
「はい」
通常画面に戻ったことで、《ATEM》が藍神の傍へやって来る。

「登録されている戸籍が以前と違う。お前は『墓守の一族』の縁者だったのか?」

不正なデータを見抜くことも、《ATEM》の仕事だ。
登録やアカウントの維持には別の管理システムが存在するが、登録さえ出来れば後はどうとでもなる、という環境では不正が発生しかねない。
DUEL LINKSは相当量の個人情報の登録が必要な仕様上、今やサイバー界における垂涎の的でもある。
「…その一族の話は、誰から?」
《ATEM》を形作るものは、三千年前の王(ファラオ)の魂であった『アテム』の容姿と人格、思考ロジック。
そして、彼が武藤遊戯や仲間と共に潜り抜けてきた数多のデュエルにある。
本当に性格と思考ロジック、デュエルデータのみで構成されているなら、藍神が問うた一族の名は出てこないはずだ。
彼の問いに、《ATEM》は気を悪くすることなく答えた。

「海馬とイシズからだ」
「…えっ」

現在は藍神の家族でもあるイシュタール家の面々も、もちろんDUEL LINKSに登録している。
『名も無き王の遺物』の管理上、海馬も強く関わっている。
しかしどちらか片方の名ならともかく、両方とは。
さらに問おうとした口を一旦閉じて、藍神はまず《ATEM》の問いに答えた。
「イシュタール家と、血は繋がっていません。でも、あなたのロジックの元になった人物を通じて、浅くはない縁があります」
「なるほど。『アテム』と『千年アイテム』か」
「はい」
《ATEM》は管理者であるだけでなく、M&Wのルーツを伝える役割も担う。
それを利用者に語るかは別として、《ATEM》自身が生まれたルーツと経緯の主な処は知っているのだろう。
海馬瀬人は非現実的なものを信じる性格ではないが、死を隣り合わせに"冥界"にまで赴いた男だ。
わざわざ『彼』を模した《ATEM》へ、黙っているという選択肢も考えにくい。
《ATEM》も納得したようだ。
「確認だが、セラ・イシュタールは肉親で合っているか?」
「ええ。妹です」
「彼女はよくニューロンズ・リンクスにログインしているが、中々にえげつない戦術を使うな」
「……まあ、リシドさんによく教えてもらっているので」
「それであのデッキか」
クスクスと笑う《ATEM》にDUEL LINKSで出会う度、彼…アテムとの相違を見つける。

見目は眼の色を除いて、まったく同じ。
声も話し方も仕草も、違うところなんて見当たらない。
(でも、)
例えるならば、存在の重さ。
過去を背負い、自ら選んで歩み続けてきた人生という重みは、《ATEM》を見た限りでは感じられない。
(闇の…負の感情を持たない。それは、こんなにも違いを生み出すのか)
知識量と経験は、必ずしも一致しない。
けれど《ATEM》は、まだ稼働を初めて3年目。
この先も驚くような数の人々と会話やデュエルを続けて、その言葉に、知識に、AIとしての"重み"が付加されていくのだろう。
「それじゃあ、僕はそろそろログアウトします」
「ああ。この調子で、オシリス・デッキ挑戦者第1号も頼むぜ」
もちろん、と返した藍神の姿が、ドット状のデジタルパーツとなって消える。

《ATEM》はDUEL LINKSの管理者であり、公式デュエル・リンクスのナビゲーターでもある。
世界展開されているDUEL LINKSにおいて、この1秒に何万人というログインユーザーを同時に相手に出来る程度には、昇華されたAIだ。
ゆえに今、このとき。
藍神とデュエルを行う《ATEM》が居る一方で、とんでもない事態に晒されている《ATEM》が居た。
彼は公式デュエル・リンクスへの対応リソースを己自身から切り離し、不測の事態に立ち向かっている。

もっとも優先度が高く、DUEL LINKSの管理者であり、さらにはAI《ATEM》の知識と経験のすべてをリンクさせる本体とも言うべき《ATEM》。

"ソレ"は彼に対し、非常に周到に準備され、それはもう周到に這い寄ってきていた。
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2018.10.16
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