六.  妖と龍 II

の父は、天津神直系の子孫なのだそうだ。
黒龍でありながら祭神の位を賜った龍神は、彼の父が初めてだという。
リクオにしてみれば、龍鱗の色が『龍』の格付けをする1つの目印であるということが初耳だ。

「けど、お前は黒じゃあねぇだろ?」

垣間見ただけに過ぎぬとはいえ、初めて出会った日に目にした、あの光。
あれは空というよりも海の色をした、蒼だった。
尋ねたリクオに、は軽く笑って頷く。
「確かに、オレは父上と龍鱗が違う。隔世遺伝と、母上の霊力の色だ」
「霊力ってぇと、陰陽師が使う?」
「そう。今は、持っている人も扱える人もあまり居ないけど」
花開院の存在を知ってるリクオも、ああそうか、と思い至る。
祖父や鴉天狗を始めとする古参の者たちが、よく口にする言葉だ。

―――今の世は、棲み難い。

「昔より弱くなってるのは、妖だけじゃねえってことか…」
人と同じ時の流れ、それもたった13の年月しか生きていないリクオには、実感が無い。
だが、似たようなことを四国の古狸も零していたように思う。
そういえば、土地神たちも言っていたか。
杯を盆へ納め、は月を見上げる。
「西方祭神の守護域を出たのは初めてだから、オレはよく分からないけど」
それじゃ、と膝を叩いたのはぬらりひょんだ。

「忘れておったわい。お前さん、何でまた関東まで出て来たんじゃ?」

彼奴の親馬鹿っぷりを察するに、家出かい?
ぬらりひょんはリクオが思わず溜め息を吐く、おかしな仮定を口にしてくれた。
「どんな察し方だい、そりゃ…」
本気なのか茶目っ気なのか、それとも神様の家庭にもそんな事情があるのか。
軽く吹き出したは、まさか! と肩を竦めた。
「逆だよ。外に出られる年齢になったから、『巡り巡って帰っておいで』と」
龍が数えで百の齢に達すれば、纏う龍鱗はその名の如くの力を秘める。
神気の扱いもほぼ一人前となり、そんじょそこらの者では手を出せないようになる。
「それは、武者修行…ということですかな?」
鴉天狗の問いに、彼は是と頷いた。
「オレはまだ、自力で高天原(たかまがはら)へ昇れないから」
己の力でなければ、神の位を賜わることは出来ない。
「ただ、父上が言っていた。『関東に面白い妖怪が居る』と」
「…なるほどのぅ」

ぬらりひょんがの父と出会った当時、その黒龍はすでに祭神であった。
意気投合して幾年か経つ頃、彼は語った。
全国行脚の後に、西国の主神として治まるのだと。
思えばあれは、自由に翔ることの出来た最後の旅であったのだろう。
「儂も江戸に腰を据えて、外へ出向くことが減ったからのう…」
ましてや神と妖怪、疎遠となるのも道理だ。

「…やれ、思い出してばかりで疲れたわい」
そんな年寄りめいた言葉を呟いて、ぬらりひょんは腰を上げた。
「儂は先に失礼するよ。…リクオ。もしこの先も龍の子を呼ぶことがあるなら、この庭先を使え」
「あん?」
どうやら、鴉天狗も年寄りらしく暇(いとま)を告げるらしい。
ぬらりひょんは手にしていた煙管を懐へ仕舞う。
「ここなら、組のもんは儂の許可無く近づかん」
縁側から座敷へ上り立ち止まった祖父に、リクオは眉を寄せた。
「…何でぇ?」
まだ何かあるのだろうか。
ややの沈黙の後、振り返らぬままぬらりひょんは言葉を投げる。


「妖は陰、神は陽じゃ。ゆめゆめ忘れるでないぞ」


そうしてぬらりひょんは座敷奥の襖の向こう、鴉天狗は長い廊下の先へと姿を消した。
リクオは言われた意味が分からず、首を捻る。
「なんだ…?」
とても大事なことであったのだろうことは、理解出来るのだが。
「…不思議だね」
声に視線を返せば、かち合った蒼い眼に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「父上も、同じことを言っていた」
「え…?」


『神は陽、妖は陰。そのこと、決して忘れてはならぬ』


でも、とは続ける。
「オレもよく分からないんだ」
大事なことだっていうのは、分かるんだけど。
「太陽と月みたいな意味かなーとか、考えてはみたけど」
「ふぅん…」
それは道理だ。
同じように天に昇るが、決して交わることの無い太陽と月。
「今のリクオは、月なんだろうね。夜にしか現れない」
「ま、そうだな」
夜は妖の領分。
昼は人間の、"昼の自分の"領分だ。
「おめぇは…」
言いかけて、リクオは言葉を止めた。

月明かりの元、湖で。
鈴の音と共に姿を見せた
(…今もそうだ)
月光に縁取られたかのように、燐光が彼の姿を包んでいる。
天性の容貌に神であることが加わっているからこそ、その姿が闇に溶けないのだろうか。
(昼間の方が、似合うかもしれない)

「月だけど、太陽みたいなのかもね」
「え?」
ふと思った言葉に似た、けれども矛盾したそれに、リクオは意識を呼び戻される。
「どういう意味だ?」
は蒼い眼を細め、朧月のように柔らかな笑みを浮かべた。

「妖は夜の者。月明かりが足元を照らすなら、月であるリクオは妖にとって太陽に等しいだろ?」

虚を突かれ、リクオは目を見開く。
そのような例え話は、全く以て聞いたことが無かった。
(月は、妖にとっての太陽…?)
『畏れ』は『憧れ』だと、言い放ったことがある。
かつての祖父の百鬼夜行に付いていた者たちは、そうであったのだろうか?
(太陽のように、往く道を照らす月。そんな風だった…?)
「それに、リクオの眼は月みたいな色をしてる」
だからとても綺麗だと、彼はそう続けた。

呆気に取られたリクオが次に言葉を発したのは、少なくとも10秒は経った後で。
返したものは呆れでも疑問でもなく、苦笑混じりの賛辞であった。

「変わってるのは、おめぇの方じゃねぇか」


面白いヤツだと思ったのは、きっとお互い様。
少なくとも、このときは…まだ。

End.


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09.12.6

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>>  あとがき
龍神の設定は深く突っ込まないでください(苦笑)
どのキャラも話し方が掴めてないですね。申し訳ない。
目指すは夜若→←龍の子。現在の時間軸は、四国と京都の間です。