『何が正しいか、なんて…分からないよ』










〜黒の糸・4










遠くから船のエンジン音が聞こえてきた。
それなりに乾いた上着を着て、シンは外へ出ると海へ目を凝らす。
船の灯りが一つ、軽いエンジン音を立ててこちらへやって来ていた。

「休暇中にエマージェンシーとは…。やるときは本当、派手にやってくれるな君は」
「アスランさん…」

ライトの眩しさに目を細めつつ、聞こえてきた声はアスランのものだった。
いつもなら何かしら言い返すのだが、今回の非はシンにある。
まさか、気付いたら海に落ちていた…なんて。
軍人だとは思えないことだから。

「早いね、お迎えが来るの。さすがザフト」

火を消してキラが出てきた。
彼を見たアスランがハッと息を飲んだような気がしたのは、気のせいだろうか。







キラは基地の入り口で降ろしてもらった。
そこでアスランも降り、ジープを運転していた兵士にシンをミネルバへ送るように指示する。
それに不思議そうにしていたシンだが、ぺこりとキラへ会釈した。
走り去っていくジープを2人して眺めて、アスランがため息をつく。

「とりあえず、シンを助けてくれたことには感謝するが…
何故お前がディオキアにいるんだ?」
「それはアスランもでしょ?何で君がザフトにいるの?」

笑みを浮かべて問い返せば、アスランは沈黙する。
いつまで経っても返答は得られなさそうで、しかもそろそろ夜中に近い。
キラは諦めて別の問いを出した。

「あの子、君の部下?」
「あ?ああ。…まだそう日は経っていないが」
「ふぅん…」
「…キラ?」

考え込んだキラをアスランが訝しげに見返す。
キラは何か思いついたのか、ポンと手を打った。

「あの子、明日も休暇だったりする?」

あまりに唐突な質問だったが、アスランは頷く。

「確かそうだったと思うが…?」
「良かった。じゃあ、ちょっと頼み事してもいい?」
「…その頼み事にもよるけどな」
「やだな〜別におかしなことじゃないよ?軍に関係することでもないし」

相変わらず真面目なアスランに苦笑し、キラは基地の方を見つめた。

「結局、僕あの子の名前聞いてないんだ。僕の名前も言ってないし。
だから明日、出来ればもう一回会ってみたいなって。
体調が悪いなら別にいいし、それなら無理しなくても良いよって伝えてくれる?」

アスランはすぐには回答しなかった。
いろいろとキラ自身に尋ねたいことも多いのだろう。
しばらく考えた後、彼はようやく頷いた。

「分かった。伝えとく」

キラは満足げに微笑む。

「ありがと。恩に着るよ」

そしてアスランへ手を振ると、キラは灯りの乏しくなった町へ戻った。





「君は知らないんだね、きっと」

AAへ戻るか否か。
町を見下ろす崖にかかる道路で、キラは足を止めて基地を見つめていた。
口をついた言葉は、アスランへ向けたもの。
知らないのは彼が『シン』と言った、あの少年のこと。

アスランがいつも目にしている彼。
自分が今日、ほんのわずかな時間の間に見た彼。


何の確証もないが、きっとそこには…大きな隔たりがあるんだ。