『守りたいと願う。それさえも業だ』
〜黒の糸・6
賑やかな市場の中を、シンはキラに手を引かれながら歩く。
「あの…キラさんは…」
「キラ、でいいよ。シン」
「じゃあ、キラはコーディネイター?」
シンの問いに、キラは少し歩く速度を落として振り返った。
「うん。でもナチュラルもコーディネイターも、あまり関係ないでしょ?
シンがそう思ってるみたいに」
「…え?」
にこりと笑みを浮かべて、キラは続ける。
「だって本当にナチュラルを嫌ってるなら、そうやって確認なんかしないもの」
ピタリ、とシンの足が止まった。
それに合わせてキラも足を止める。
彼の見る方向へ目を走らせると、そこには小さなモニターがあった。
映っているのは、"あの"ラクス・クライン。
流れる曲も、"あの"ラクス・クラインのもの。
気づかれない程度に眉をひそめ、キラはシンに尋ねた。
「彼女が好きなの?」
シンは首を横に振る。
「どっちかと言えば、嫌い」
返って来た答えに、キラは意外なものを感じた。
あのコンサートの盛り上がりを見てしまった後ならば、なおさら。
「…どうして?」
また尋ねると、今度は答えが返ってくるまで時間が掛かった。
握っているシンの手が、震えている。
「言ってることが、嘘ばっかりだ」
ぞわり、と背筋に電流が走ったような。
シンが吐き出した声は弱くとも、言葉はキラの根底を揺るがした。
モニターから目を引き離して、町の出口へ向かう。
『嘘』
そのたった一文字に、何をこんなに揺るがされているのだろう。
またぽつりとシンは呟く。
「オーブと同じだから、嫌い」
今度こそ、驚きは繋いだ手から直接伝わってしまったようだ。
海の見える…町の喧噪から解き放たれた場所に来て、シンはキラを見上げる。
「キラも、オーブの人なんだ?」
儚さと凶暴さを等しく交えた笑みで、シンはキラへ尋ねた。
キラは驚きを隠せないまま、オウム返しに聞き返す。
「シンも、オーブにいたの?」
流れる風に掻き消されそうな彼。
けれど言葉は、金剛石のような硬さと鋭さで。
その刃は、キラが押し込め封印してきた"パンドラの箱"を切り裂く。
元から無い鍵などものともせず、黒く汚れた"人殺しの遺産"を露にする。
シンは笑みを深めた。
「じゃあ、早くオーブを捨ててよ。あそこは、俺が滅ぼすから」
シンと同じく休暇中のルナマリアは、妹のメイリンと市場に来ていた。
「あ、お姉ちゃん。あれ、シンじゃない?」
妹の声に顔を上げ、彼女の指差す市場の向こうを見る。
確かに癖っ毛の黒い髪で、見覚えのあるファッション。
眼の色までは遠くて見えないが、ほぼ100%彼だろう。
しかし。
「あれ…本当にシン?」
思わず口を突いて出た、疑問。
メイリンはとっくにアクセサリーショップの品定めに夢中で、姉の言葉など聞いていない。
聞いていたとしても、自分ほどシンと親しくない彼女には分からないかもしれない。
隣にいる茶髪の人物に見覚えはなかった。
問題はそんなことではなく、シン自身についてだった。
自分の良く知るシン・アスカは、あんな笑い方はしない。
あんな、儚く見える彼など知らない。
今にも消えてしまいそうな、あんな彼など知らない。
あなたは、シン・アスカ?
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