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「あーもう、鬱陶しいよアンタら!パス持ってんのに通さないっての?!」
「そうではなく…」
「じゃあさっさと通せ!こっちだって仕事なんだよ!」
「ですから出直して来て頂きたいと…。ロアノーク大佐が不在でして…」
「あぁ?俺は"特殊部隊に用がある"って言ってんのに、なんでソイツじゃなきゃだめなんだ?」

新連合軍ダイダロス月面基地。
その一角に、上空からではどう見ても倉庫のようにしか見えない建物がある。
公にされていない地球連合軍の、"主力"に与えられている基地だ。
外見とは裏腹に、中は本部よりもさらに力を入れられている。
その公にされていない基地への入り口で、1人の青年が門番兵士と火花を散らしていた。

彼はコーディネイターだが、ザフトでもプラント市民でもない。
連合軍の諜報部に属する、ある人物の部下だ。
もともと気の長い方ではない彼は、いい加減鬱陶しくてたまらない。
なぜこうも、融通の利かない連中ばかりなのだろうか。
(この僕がわざわざ来てやってるってのに!)
それもこの連合軍に、かなり有益な情報を携えているというのに。
痺れを切らした青年は踵を返そうとした。

与えられた任務を遂行しなかったことになるが、それはそれで上司は面白がるだろう。
持って来たこの情報を、また別の手に使えるようにするだけだ。
それにこの事実を知った上層部は、自分を足止めしたこの門番兵士をどこかへ飛ばすだろうし。
そう思ってその場を離れようとすると、どうやら騒ぎを聞きつけた別の人物が居たようだ。

「珍しくにぎやかだな」

帰ろうとしたところへ邪魔が入り、青年は小さく舌打ちして後ろを振り返る。
…が、秘密保持用に付いている二重扉の向こうから現れた人物に、目を瞬いた。

「コイツの上司については俺が保証する。それで問題ないだろ?」

短くなった髪は動きにあまり靡かない。
けれどその眼は、以前出会ったときに比べれば随分と輝きを取り戻している。
先程まで押し問答をしていた門番兵士は、入って来た人物へ掌を返したように返事をした。
その人物の軍服にある階級章は"少佐"であり、明らかに司令官クラス。
当然のことながら、部外者とこの上司に対する態度の違いは否めない。

「これから、ロアノークがいないときは俺に回してくれ」
「はっ!了解しました!」

ポケットからカードキーを取り出し、その人物は門番兵士の向こうにあった二重扉のロックを外す。
青年はその一連の動作を見つめ、門番兵士を一瞥すると後に続き"特殊区域"へ足を踏み入れた。



背後で扉が閉まり、カチリとロックの掛かる音がする。
それを確認したのか、前を歩いていた人物がふと足を止めこちらを見た。

「よう。久しぶりだな、イルド」
「…さっきは誰かと思ったね。声、戻ったんだな。スピネル」

イルドと呼ばれたコーディネイターの青年はもう1度目を瞬き、そして苦笑を漏らした。
スピネルと呼ばれた青年も苦笑を返す。

「アレのちょっと後にな。おかげさまで」
「へぇ?じゃあ後で聞かせろよ。僕の用が終わった後でさ」
「OK。ところで、その"用"の相手は俺だけで良いのか?」
「確実に伝わるなら誰でも」
「…なるほど?」

特に何てことのない会話を交わしながら、着いた場所はレストルーム。
今の時間帯は、大抵の人間が演習に出ており誰もいない。
空いているソファへ適当に腰掛け、イルドは飲み物を取ってこようとするスピネルの背へ声を掛けた。
「ここ、ROM見れる端末ある?」
「…その辺になかったか?」
返答に倣ってぐるりと部屋を見回すと、ソファに合わせて低いテーブルの下にノートパソコンがあった。
それをテーブルの上へ移動させ、イルドは受け取った飲み物を片手に端末を弄り出す。
彼の向かい側へ腰掛け、スピネルは楽しそうに笑った。

「わざわざお前が出向いてくるなんて、よっぽどだな」

ちらりと視線を上げ、イルドも同じようににやりと笑う。
その手は止まらずキーボードの上を走っている。

「そう。"わざわざ僕を行かせる"ほどのモノなんだよ」

そう言ってちょいと手でディスプレイを示した。
言われるまでもなく彼の後ろへ回ったスピネルは、素直に驚いた。
「よくもまあ、こんなもんを…」
イルドは画面の中のページを捲りながら、それぞれの説明を始める。
それに相づちを返しながら、スピネルは黙って聴き耳を立てる。


ふいに人の気配がした。


「あ〜くっそー!何でいつも勝てないんだよ!」
「いっつもスティングばっかり…」
「人のこと言えねーだろ、お前らは」

3人分の足音以前に感じた気配で、イルドは反射的に端末の電源を落とすとROMをスピネルへ渡す。
その意識はレストルームの入り口へ向いたまま。
スピネルも視線を合わせるでもなく差し出されたそれを受け取り、するりとポケットへ仕舞う。

彼らの行動は、機密情報の扱いに長けているが故。

レストルームへ現れたのはやはり3人。
鮮やかな水色の跳ねっ毛に、軍服の前を開けて窮屈嫌いそうな少年と。
キラキラした金髪に、ミニスカとブーツのコーディネイト軍服を着る少女。
それにどことなく固そうな黄緑の髪と、前の2人以上に鋭い目つきをした少年。
彼らは入り口で立ち止まった。

「…誰だソイツ?」

不信感をそのまま乗せて、跳ねっ毛の少年が言葉を発した。
言葉の対象となったイルドは、確かに不信を抱かせるだけの人物。
この基地で見覚えがない。
尚かつ、連合の軍服でない。
それだけで十分に不審者となり得る。

もちろん、理由はそれだけではなく。

"特殊区域"なだけあって、この基地に配属されている人間は一般兵士とは訳が違う。
その筆頭がこのレストルームにいるスピネルと、彼ら3人であって。
一般でない筆頭として纏められる以上、スピネルと3人の間にも何かしら関わりがあるわけで。
イルドはあくまで、"客人"の立場だ。

「諜報部からの使いだよ」

故に、スピネルの紹介の仕方は間違いではない。
しかし、彼らがそれで警戒心を解くわけでもなく。
跳ねっ毛の少年が僅かに目を細める。

「…にしては、仲良さそうじゃん?」
(……鋭い)

スピネルはそう指摘した彼の観察眼に感心する。
まだ半年も経っていない付き合いだが、その短い間に立ち回り方を判別されてしまったらしい。
「ま、友人に近いかもな。ああ、こいつらは俺の部下。知ってると思うけど」
「確かに、知って"は"いるな」
思い出したようにイルドを振り返りそう言うと、彼はどうにでも取れる返事をした。
誰が先を尋ねるでもなく、そこで会話は途切れる。
警戒心を解かないまでも3人はレストルームへ足を踏み入れ、各々が寛ぎだす。
スピネルとイルドもそれ以前の会話を再開した。

「で?コレを元に何をしろって?」

ディスプレイはすでに真っ黒だが、それを指差せばイルドも頷く。
そしてまたも含みのある笑みを浮かべた。

「きっかり40日後。前と逆のことをするんだ」

彼の言う"前"がいったいどの辺りを指すのか。
スピネルには瞬時に理解出来なかった。
誰に対して言っても結果はそうなるだろう。
イルドは心得ているとばかりに、たった一言で話を補足した。


「C.E.70.10月の狼煙」
「何だって…?」


スピネルは思わず問い返した。
その反応に、寛いでいた3人もこちらへ視線を投げてくる。
イルドは気にすることなく続けた。

「軍備増強ってのは、"もう1度起こすため"にあるんだ。だから、そう思ってる別の誰かよりも早く進める。
黙って見てるには惜しくなったみたいでね。それに、これは良いチャンスだってさ」

ああ、そういうことか。
スピネルはふいに視界が開けたような感覚を持った。
2年前も、そうだったのだ。
軍備増強で停滞していた両者の間を、あのときはザフトが動かした。
それを今回は連合でやる、ということか。

「…チャンスはチャンスでも、良い役どころじゃなさそうだな」

けれど無意識に漏らした本音を聞いて、イルドは笑った。



「お前、"まともなまま"生きられる人間だな。でなきゃそんなセリフ、出て来ないよ」