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ブラックアウトして真っ暗な画面を見ながら、スピネルは考え込む。
その様子を後ろの少し離れた場所で見ていた3人は、誰ともなく顔を見合わせた。

「"諜報部からの使い"って、何だったんだ?」

アウルーー跳ねっ毛の少年ーーの声に、スピネルはパチリと目を瞬く。
スピネルは逡巡しながら声の主たちへ振り返った。
「お前ら、さっきまで演習に出てたよな。そのデータあるか?」
アウルとステラーー金髪の少女ーーは、同時にスティングーー黄緑髪の少年ーーを見る。
視線を受けたスティングは、軍服のポケットから折り畳まれた用紙を取り出した。
「別に、いつもと変わんないぜ?」
そう言って渡された演習の結果表を、スピネルはざっと見通す。

「…確かにいつも通りだな。ってことは……」

何事か考え出した彼に首を傾げ、3人はその周りに集まる。
「何なわけ?」
尋ねたアウルを手で制し、スピネルは閉じたばかりのパソコンを再起動させた。
そこへ先ほどイルドから受け取ったROMを読み込ませる。
彼が何をしたいのかさっぱり分からず、ステラは目線で他の2人へ問うてみた。
しかしアウルは肩を竦め、スティングは首を横に振るだけ。
程なくして、画面に"Z.A.F.T."の文字が浮かび上がった。

「は?ザフト?」

アウルとスティングが素っ頓狂な声を上げる。
そこへ現れた人物が1人。

「聞き捨てならないな。何の相談だ?」

異色の黒い軍服に黒い仮面。
見るからに怪しいが、それもまたこの特殊区域の特徴かもしれない。
「あ、ネオ!」
ステラの表情がパッと輝いた。
彼女へ軽く手を振り、ネオ・ロアノークはレストルームへ足を踏み入れる。
大佐でありスピネルの上司である彼は、この区域では事実上の責任者と言えるだろう。

「ちょうど良かった。ヤバそうな任務が回って来たんだ」

視線はパソコンに据えたまま、スピネルが声を投げる。
ネオが横から覗き込んだ画面には、ザフトの新型MSのデータが3機分。

『ZGMF-X88S・ガイア』
『ZGMF-X24S・カオス』
『ZGMF-X31S・アビス』

世界を構成する名を冠されたそれらは、いずれも変形機構を有していた。
ガイアは陸上、カオスは飛行、アビスは水中戦に特化している。

「これは…かなりの物だな」

珍しく、ネオの口から褒め言葉が出た。
しかも敵軍のMSに。
「ザフトって敵だろ?褒めてどーすんだよ」
不可解だと言いたげに、スティングは眉を寄せる。
「…スピネル?」
真剣な目で3機のデータを見つめるスピネルに、ステラは控えめに声を掛けてみた。
案の定、返事はない。
その証拠に彼がぽつぽつと漏らしている言葉は、全て3機の武装構造についてだった。
覚えようとしているのか、周りの声は聞こえていないらしい。
相手にしてもらえなかったステラは、拗ねるようにぷっと頬を膨らませた。

「スピネル、聞いてない」

そんな彼女の頭を軽く撫でて、ネオは苦笑する。
「まあまあ。もう少し待ってやれ」
口を開きかけたステラは文句を続けることを断念したようで、大人しく口を閉じた。
ネオはアウルとスティングへ尋ねる。

「このデータは誰からだ?」

2人はまたも顔を見合わせた。
「アレ、誰?」
「俺に聞くなよ…。諜報部の使いってスピネルが言ってたぜ」
「諜報部の使い…?」
それでは漠然としていて分からない。

「マティスのだよ」

どうやら考えが纏まったらしい。
ネオの問いへの返答と共に、タイプ音が響き出した。
「マティス?ああ、あの女…」
「…ステラ、あの人キライ」
「ボクも嫌いだね。いちいちエラそーでさ」
その名前を聞いた途端、3人同時に機嫌が降下した。
スピネルは構わずに続ける。

「アイツの部下が直接来たってことは、上が承知済みで決定事項。
明日か明後日にも指令が降りてくるだろーぜ」

断片的な会話でしかないが、ネオは大筋を理解した。
おそらくは、この画面に映るザフトの機体を奪えとでも言うのだろう。
その予想を確定させるように、スピネルがぽんと手を叩いた。

「よし、とりあえず変形機構の訓練。3人とも次の演習、俺の機体に乗ってみろ」

彼らのみならず、ネオも発言の唐突さに仮面の下で目を瞬いた。
「変形…というと、RS(Raider Striker)か?」
「他に何があるんだよ?」
わざわざ聞くなとでも言いたげに、スピネルは片眉を上げる。
「俺も実際乗ってみて分かったけど、MSからMAに変形するってのはかなり違う。
特にこのガイアとアビスは、カオスに比べてそれが大きい」
地球に降りれば、もっと良い経験が詰めるだろう。
重力+加速度を捉えられたなら、宇宙空間でも優位を保てる。
スピネルはそれをそのまま口にしたが、アウルは条件反射のように返した。

「…って、スピネルが降りたいだけだろ?」

宇宙は嫌いだと言っていた。
だからいつものように、何でもない会話が成るはずだった。

ピタリ、とキーボードのタイプ音が止まる。
モニター画面は、彼の搭乗機である『ストライク』の項で止まっていた。
「なんで…」
不自然な沈黙を置いて、スピネルは呟く。


「なんで、俺だけ…?」


あの日に亡くした居場所たち。
もう、彼らのことを覚えているのは自分だけだ。
6年前の両親に始まり、再び手に入れたはずの居場所さえ消されて。
それでなお生きると知っていれば、何が何でも"死"に逃げていたのに。

画面を凝視したまま呟かれた言葉は、アウルの言葉へ返したものではない。
ネオを含め、彼らはこの状態のスピネルを幾度となく見たことがあった。
だが、彼が落とす言葉の意味を量ることは出来ない。
ステラは目に怯えの色を浮かべ、目を塞ぐように両手で自分の頬を包む。
「…や……」
この瞬間、この時間が彼女は堪らなく嫌だった。
「いや…嫌なの…!」
悲鳴のようなか細い声が、ステラの唇から漏れる。

(だって、このスピネルはわたしを見ない)
(わたしの知らないところを見て、わたしを知らない!)

ステラの悲鳴が聞こえたのか、スティングもつと眉をひそめた。
(また…)
良い気分ではない。
目の前に生きた人間が居るのに、存在しない死んだ人間の話をされては。
それはもしかしたら、ただ構って貰いたいだけの子供の発想かもしれない。
彼の過去に何があったかは知らないが、ときどき無性にそれが腹立たしくなる。

「おい、スピネル!」

スティングやステラが動く前に、アウルがスピネルの肩を掴んだ。
(ムカつくんだよ!)
こちらを振り向いた彼は、自分を見ていない。
アウルは舌打ちしたくなる衝動を必死で堪えた。
…自分を見ないでどこか別の場所を見る彼が、大嫌いだ。
ひとつ瞬きをしたスピネルは、ようやくアウルの姿を眼に映す。
肩に掛けられたままの手をやんわりと外し、彼は微かな笑みを向けた。

「悪い。ありがとう」

謝罪と感謝を同時に告げられ、アウルは返すべき言葉を失う。
沈黙の間に立ち上がったスピネルはネオを見、視線を受けたネオはその意味を正確に読み取った。
「後は俺がやっておくさ」
それに満足げに笑った彼は、レストルームを出て行った。



「何なんだよ…!」

人数が1人減った部屋の中で、アウルは絞り出すように言葉を吐き出した。
視線はそのまま、スピネルが出て行った部屋の入り口へ。
…気に喰わない。
スピネルが、ではなく、彼をあのような状態にする、"誰か"に対して。
それが死んだ人間であることくらい、聞かなくても分かる。
だからなおさら、行き場のない怒りに感情を捕われてしまう。
ステラはネオを見上げた。

「スピネル…、またあの場所?」

マティスがL2に構えている秘密基地へ上ってから、この月面基地まで。
彼女らは1度も地球へ降りていない。
同様に、彼女らを引き取りにきたスピネルも、ずっと上にいるはずだ。
それも要因となっているのか、宇宙が嫌いだと言っていた彼はよく展望室へ赴く。
…この特殊区域内にある展望室からは、地球がよく見える。
ネオは軽く肩を竦め、話題を根本へ戻した。
「あいつは後で呼びに行くとしよう。とりあえず、君らは変形機構の訓練だ」
放置されていたノートパソコンへ、スティングが手を伸ばす。
「このデータ、コピーしても良いのか?」
奪取すべき機体は3機。
スピネルとネオには専用機体が存在するため、これらは自分たちが乗るべきもの。
頷いたネオはアウルとステラにも見るように言うと、自身もまたレストルームを出た。





「特殊任務付きってのは、全部で何人だったかな…?」

司令室への道のりで、ネオは任務に必要な人数と兵器の把握を急ぐ。
つい先日、"ガーティ・ルー"という名の戦艦が入ってきたはずだ。
前大戦時のAAやドミニオンをベースにした艦だが、MS運搬能力は前者に劣る。
(ガイア、カオス、アビス…それらを順調に奪取出来たとして、ダガー系はそう入らないか…)
他に乗せるべきは2機。
ネオの専用MA『TS-MA4F・エグザス』、そして…


「"蝶"の復活か」


知らぬ者はない、スピネルの専用MS『GAT-X105・ストライク』。
本人の意思に関わらず、"蝶"と"ストライク"の名は留まるところを知らない。
それをどこか楽しみにしている自分に気付き、ネオは1人苦笑した。