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アメノミハシラの主であるロンド・ミナ・サハクは、キラとカナードへこんなことを告げた。


「ユニウスセブンが動いた」


彼女の言葉の意味を、すぐに理解することは難しかった。
「どういう意味だ?それは」
怪訝な様子を隠さないカナードに対し、ミナは自分の前に設置されているモニターのスイッチを入れる。
「言った通りの意味だ。情報が錯綜していて、詳しい部分はまだ不明だが」
長い髪を掻き上げて、ミナはモニターのチャンネルを変える。

そこに映ったのは、かつての農業プラント・ユニウスセブンとその軌道。

前大戦激化の発端となった、血のヴァレンタイン。
悲劇の地を新たな平和への墓標として、プラント政府はそれを永久周期軌道に乗せた。
常に地球とプラントを回り続け、戦争の悲惨さを忘れないために。
それが突然軌道を逸れ、動きだした。
…地球へ向かって。
「進路が地球…?」
キラは点線で描かれた、ユニウスセブンの予想進路に目を細める。
間違いないらしいその情報に、ミナは軽く肩を竦めた。
「猶予がない。このままではほぼ確実に、墓標が地球へ落ちるだろう」
誰の仕業にしても、この事態を放っておくわけにはいかない。
ミナはここでようやく本題を切り出す。

「今回の依頼は、"ジャンク屋側の破砕チームとしてユニウスセブンへ向かうこと"だ」

頬杖をつくカナードの横で、カナリアが欠伸をした。
キラは依頼内容を反芻し、疑問点を上げる。
「なんか…中途半端ですね。良心が傷むので破砕作業はやるとして、その後は?
離脱するにしてもそのまま降りるにしても、それだけなわけはないでしょうし」
上げられる疑問を予想していたらしく、ミナは笑った。
「察しが良くて助かる。もちろんまだ続きがあるさ」
(サハクといいデュランダルといい…権力者は勿体ぶるのが好きらしいな)
頬杖を外しながら、カナードはうんざりとため息をつく。
「いちいち回りくどいんだよ。"こっち"の依頼者と同じこと言いやがって…」
「?」
後の方は聞き取れず、キラは首を傾げた。
その様子が可笑しかったのか、ミナは笑いながら小さなデータチップを机に置く。

「経路は任せる。このデータに書いてあることを調べ、実行してくれ」



ミナはすでに出て行ったが、キラとカナードはまだその部屋にいた。
彼女との契約が切れない限り、このアメノミハシラ内の大部分の施設が自由に使用出来る。
「プラントはどう?奪われた3機のデータは出てきたけど」
キラはカナリアを撫でながら、プラント側の情勢を尋ねる。
様々なニュースが映るモニターをぼんやりと見るカナードは、つい先日までアーモリーワンにいた。

「ああ、アレか。少なくとも開発に着手したと公表された時点で、どっかの誰かが企んでたな」

一瞬目を丸くしたキラは、次の瞬間には脱力したかのように机に頭を預けた。
「うわ…何ソレ。じゃあ前のヘリオポリス襲撃も同じだったわけ?」
「さあな。俺が知るか」
3年ほど前の出来事を思い出しながら、キラは深々とため息をつく。
しかしそれに対するカナードの返答は素っ気ない。
…いつものことだが。
「ミネルバの方は?」
尋ねると、カナードは服のポケットから何かを取り出した。
それをひょいとキラへ投げ渡す。
「これは?」
キラが受け取ったのは、翼を模したような白い紋章。
裏にはピンが着けられており、服の…それもよく見える場所に着けておく物だと見て取れる。
「"FAITHの紋章"だとよ。ザフトの隊長クラス以上の権限を持った"特務隊"の」
ザフトは連合ほど明確な地位付けをしていない。
代わりに軍服の色で、それに近いランク付けをされている。

緑は一般兵。
紅はアカデミー卒業生のエリート。
黒は副艦長クラス。
そして白は艦長、隊長クラス。

「その"FAITH"っていうのは?」
「戦場において優秀な功績を修め、迅速な判断力、行動力、統率力に優れた兵士に与えられる称号。
最高評議会議長自らが任命し、任命された者はザフト軍においてほぼ頂点に位置する」
機械のようにただ羅列された説明から、彼があまり興味を持っていないことが分かる。
だがこれもまた、プラント側の契約主から取った"自由行動"の証。
「ミネルバに乗り込んだときは、かなり役立ちそうだね」
まだその予定はないが、おそらくはそうなる。
「そっちは?」
問われたキラは、待っていたとばかりに口を開く。
「ちょっとね、地球でも宇宙でも大々的に広がってる噂があるんだ」
「噂?」
ほんの少し眉を動かしたカナードへ、キラは笑って答える。

「"アリオーシュの蒼い蝶"」

キラと同じアメジストの眼が、スッと細められた。
それに満足したキラは、カナリアを撫でる手を止めモニターを指差す。
「カナリア、アレ映して」
顔を洗っていた手を止め、カナリアはモニターを制御するパネルに近づき前足を乗せた。
ザッとノイズが走り切り替わった画面には、あるMSのデータが。
カナードは椅子の背に預けっぱなしだった身を起こし、そのデータに見入る。

「…まさか、ストライクか?」

全体の5割を超える改修を施されたのか、自分たちの良く知る『ストライク』の姿ではない。
どちらかといえば、ZGMFのフォルムを受け継いでいるようだ。
しかし、スタンダードな型を持つ本体はほとんど変わらない。
機体解析コードもそのまま、"GAT-X105ストライク"。
自分たちの知らぬ姿なのは、装備可変の部分。
すべての戦局に対応出来る3種類は、換裝することでストライクをまったく別の機体とさせていた。
「…?」
その3種類の機体に、どうも見覚えがある。
首を捻ったカナードの疑問に、分かっているとばかりにキラは別のデータを映した。
「ほら、コレでしょ?」
見覚えがあるはずだった。
それらは前大戦終盤に連合の要であった、新型GATシリーズ。
「全部ドミニオンだったな、確か」
前大戦終盤、AA級第2番艦ドミニオンが連合軍の旗艦を務めていた。

「そう。で、極めつけの証拠がこれ」

何の証拠か、口に出す必要はなかった。
新たに示されたデータは、ここ2年間におけるストライクの"出撃場所"。
「どこのメインをハックした?」
「ん〜と、これは月面基地ダイダロス。あそこはちょっと、怪しい施設があるからね」
そちらの話はそこで止まり、カナードは示されたデータの偏りに思わず笑う。

「変わんねえな、アイツ」

出撃の最初は約1年前、L5におけるプラント防衛線近く。
が、その1週間後には東欧に降りている。
期間はバラバラで、しばらくヨーロッパに居たようだ。
他にも南米や北アフリカなど、ザフトや連合が軍事作戦を展開し領地とした地域へ派遣されている。
そしてそのほとんどにおいて、軍事境界線に関わる戦闘を停止させたという記述がある。
一方、宇宙に戻ったらしい形跡はない。

改めてそれを読んだキラは、『ストライク』の影響力に感嘆した。
「"軍事境界線の開戦前復帰"。にも関わらず連合、ザフト、現地で1年近く止まらなかった諍い。
ストライクがその場に現れて少し戦うだけで、あっさりと収束に向かっちゃうんだから」
やっぱり凄いよね、スピネルは。
キラはかつての戦友で、同じ価値観を共有していた仲間の名を口にする。

「1年間の空白は、却って彼を伝説にしちゃったのかな」

総じて二つ名を付けられる人間は、死と同意語である何らかの状況に陥った者だ。
キラとカナードも、前大戦ではさっぱり嬉しくない二つ名を付けられた。
人を名前でなく二つ名で呼ぶ癖のあるミナが"それ"を言ったときには、相手を忘れて露骨に嫌な顔をしたものだ。
2人とも前大戦時と機体が違うから、勝手に別の名前を付けてくれたが。
今ではアメノミハシラの住人たちにまでその名を呼ばれる始末である。
『月光のシャレム』
『幻影のシャヘル』
いきなり「シャヘルさん」などと呼ばれたときは、目が点になったものだ。
…こちらの名前を明かさずに済むのは有り難いが。
自分のことはさておき、キラはその友人の二つ名に眉を顰める。
「相変わらず"蝶"だけど、"アリオーシュ"…?」

"アリオーシュ"は、復讐の悪魔と呼ばれる堕天使の名だ。

一時は本当に死んでしまったのかと思ったが、自分たちと同じように生き残っていた彼。
こちらの知る限りでは、彼は"復讐"を目先に据える人間ではなかった。
…名は体を表す。
彼の周りは今、どうなっているのだろう?