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動き始めたユニウスセブン。
それを察知したプラント最高評議会は、すぐさま破砕部隊を急行させた。
…MS強奪事件から、めまぐるしく変化する世界情勢。
サラから状況報告を聞いたデュランダルは、ユニウスセブンを映すモニターに目を細めた。
「さて、平和で困る人間は誰だろうね?」
あの強奪事件はどの観点から論じても、"平和である状況が気に食わない"人間が起こしたものだ。
そしてそれだけの事を起こせるのは、相応の権力者のみ。

ピッという音と共にパソコンの画面が切り替わり、特徴的なロゴマークが浮かぶ。
…月と太陽を襲う黒い獣と、それらを囲う紅いDの文字。
自動で流れる文字列を認めたデュランダルは、苦笑を禁じ得ない。
「仕事が速くて助かるが…次はミネルバか?」

文書の先頭にあった文字は、『Phantom Pain』。





ミネルバはユニウスセブン破砕作業へ向かうボルテール、ルソーの部隊と合流した。
そちらの艦長と短い会話を交わしたタリアは、艦内放送の機器を取る。

『MS部隊は出撃準備、指示についてはボルテールのジュール隊長に従ってください。
なお、限界高度時には速やかに帰艦のこと』

格納庫でそれを聞いていたシンは、傍に居たレイへ尋ねる。
「なあ、何でユニウスセブンが動いたんだ?」
レイはちらりとシンを見て、すぐに視線を自機へ戻した。
「…さあな。自然に軌道をずれたか、人為的にずらされたか」
「人為的って、あれを地球に落とそうとする連中がいるってこと?!」
横からルナが割り込む。
「そうなるな」
「最っ低!」
その一言にありったけの非難を込めたルナは、格納庫へ入ってきた人物にあっと声を上げた。
釣られてシンとレイもそちらを見る。

「貴方も参加するんですか?"アレックス"さん」

嫌みに聞こえるのは気のせいではないだろう。
"アレックス"と呼ばれた人物は、ルナの言葉にため息をつく。
「…別に、無理して呼ばなくてもいいぞ」
ルナはますます面白そうに続けた。

「あら、そうですか?じゃあ"アスラン"さん、MS乗りはやめたって聞きましたけど?」

女性に口で勝つのは困難だ。
「(揚げ足取りの名人だよな、やっぱり)」
「(バカ、聞こえるぞ)」
シンの機体、インパルスの整備にあたっていたヨウランとヴィーノは、小声でそんな会話を交わす。

ルナが話している相手の名は、アスラン・ザラ。
オーブ首長代表カガリ・ユラ・アスハの護衛を務め、偽名は先の"アレックス・ディノ"。
アーモリーワンのMS強奪事件に巻き込まれ、ミネルバへ避難して今に至る。
…プラントで、『アスラン・ザラ』の名を知らぬ者はいない。
つい最近活動を再開したプラントの歌姫、ラクス・クラインの婚約者。
そして、前議長パトリック・ザラの息子。
前大戦終盤、ラクス・クラインをシンボルとして停戦に尽力した"三隻同盟"のエース。
ザフトのMSパイロットにとって、彼は英雄視される内の1人だった。

ルナとその妹のメイリンは、追っかけに近い彼のファンでもある。
しかしルナの場合。
ミネルバで同乗してからというものの、彼の言動と行動に多大なる矛盾を感じて英雄像が崩れ始めたらしい。
ヨウランが言うところの揚げ足取りに、アスランはもう1度ため息を吐く。

「出来ることがあるなら、やるまでだ」

言い切ったアスランはルナに背を向け、自分が乗る予定のザクへ向かった。
その後ろ姿を見送りながら、ルナは軽く肩を竦める。
「イメージと違うわね…本物は」
"英雄"というのは、総じてそんなものだ。

インパルスに乗り込んだシンは、回線をレイのザクファントムへ繋ぐ。
「あのさ〜、レイ」
『なんだ?』
「ミーアは今何やってんの?」
『……』
プラントへ渡ってからの同居人は、レイとミーア、そして最高評議会議長ギルバート・デュランダル。
考えてみれば、その構図にはものすごいものがある。
今このときにそれを尋ねてきたシンに、レイは僅かな違和感を感じた。
『詳しいところは知らないが。なぜ今それを聞くんだ?』
問い返されたシンは、管制官のメイリンの声を聞きながら答える。
「だってさぁ、ミーアもあの"アスラン"ってヤツ気にしてたから」
レイもそれを思い出す。
『まあ、そのようだったな』
「だろ?」
けれど、とレイは1ヶ月ほど前の出来事を思い出した。
『…それよりも、あの傭兵の方が気になるようだが』
「ああ、あの人…」
発進合図が出たので、会話はそこで中断された。

「シン・アスカ、インパルス行きます!」

ミネルバを発進すると、そこはもうユニウスセブンの地表。
水母の足のように伸びている無数の外壁ワイヤーは、同じ無数の赤い光を規則的に点滅させている。
あれがフレアモーターだということは、すでに本部で解析されていた。
あれだけの数があれば、この巨大な建造物を太陽の力を借りて動かすことも可能だろう。

ボルテールとルソーから、隕石破砕用のメテオブレイカーを持ったMS部隊が出撃した。
…メテオブレイカーをユニウスセブンの地表に突き立て、内側から破壊する。
墓標としての役割を持つこの地を破壊するのは、とても忍びないけれど。

1つ、2つ、3つとメテオブレイカーが設置されていく。
その作業の最中。
数機のMSが何者かに攻撃を受け、破壊された。

「「今のは?!」」

破砕作業をする部隊すべてに、緊張が走る。
「メテオブレイカー1番、2番、破壊されました!インパルス他、Unknownと交戦中!」
Unknownというのは、身元が分からないMSや戦艦のことをいう。
「光学映像出ます!…これは?!」
タリアの指示を受け攻撃元を辿ったメイリンは、信じられないものを目にした。
メイリンだけでなくタリアやアーサー、ザフトに関わるすべての人間が。

「ジンハイマニューバ?!」
「どういうことだっ?!」

破砕チームへ銃を向けるのは、ザフト軍に配備されているMS、ジンハイマニューバ2型と呼ばれるもの。
それは紛うことなくザフト軍のMSであり、つまりはコーディネイターがパイロット。
…コーディネイターが、ユニウスセブンを地球へ落とそうとしている。
「なっ、こいつら何で!!」
シンやレイ、ルナは破砕チームを後ろに反撃するが、相手の実力は高い。

『貴様らのようなヒヨッコ共に何が出来る!!』

機体性能は、シンのインパルスが抜群だ。
だが相手のジンの動きは的確で早く、実戦に手慣れているのは明らか。
「くっ!」
ミネルバのMS部隊や破砕チームは苦戦を強いられる。
逆に互角の戦いを見せる人物たちが、一部。

「イザーク!援護する!」
「民間人が指図するな!」
「ははっ、変わってねーなあ…」

青のパーソナルカラーで塗られたスラッシュザクファントム。
ノーマルカラーのザクウォーリアと、ガナーザクウォーリア。
言う迄もなく、前大戦で生き残ったイザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、そしてアスランだ。
彼らはディアッカの言うところの"前大戦時と変わらぬ会話"を交わしながら、ジンを撃破する。
シンたちはその実力に目を見張った。

「これが…生き残った者の実力」





ミネルバの部隊へ遅れること数分。
ユニウスセブンにやって来たキラとカナードは、戦場へ割り込むかどうか思案していた。
「どーしよっか…?」
「俺に聞くな」
何年か前、これと同じ会話をしたような気がする。
「カナリア、索敵はどう?」
《ジンハイマニューバ2型がUnknownだ。それから、別に接近してくる艦影が1つ》
「戦局はさらに悪化かな…。僕らは破砕出来る武器を持ってないから、破砕チームに任せるしかないし」
「まあ、オーブに行くならこれが手っ取り早いな」
「なんで?」
言い切ったカナードへキラは問う。
"フェイスの紋章"がどれだけの効果を発揮するか知らないが、逆に難しいような気がする。
カナードは笑った。
「あのミネルバには、アスハが乗ってる」
キラへの答えは、それだけで十分だった。
「なるほどね。じゃあ、そろそろお邪魔しようか」

黒い翼のフリーダム。
そしてザフトで作られた、もう1機の核エンジン搭載MS。

これが、公になるときが来た。





ミネルバが"ボギーワン"と名付けたファントムペインの母艦、ガーティ・ルー。
ユニウスセブンが動いたと聞いて驚いたのは、こちらも同じ。
「誰が動かしてるか知らんが、落とされるわけにはいかないな」
そろそろ、ミネルバや他のザフトの索敵レーダーに引っ掛かる頃だ。

ネオは艦内放送の機器を取り、1人の人物を呼び出した。
その間に、アーモリーワンで強奪した3機のパイロットをスタンバイさせる。
「大佐、どうやらミネルバは他のザフトと交戦中のようです」
艦の指揮を執るイアン・リーが、ユニウスセブン地表の戦局を分析した。
それを聞くだけでも、混乱状態にあることは容易に想像出来る。
「てゆーかさあ、アレ落とそうとかマジ狂ってるって!」
「みんな死んじゃう…!」
「だから俺らが出るんだろ」
出撃命令が出たアウル、ステラ、スティングはそれぞれアビス、ガイア、カオスを駆り戦闘域へ飛ぶ。
この墓標を地球へ落としたくないという思いだけは、同じ。

「ユニウスセブンが動いた?」

ブリッジに、ネオに呼び出された人物がやって来た。
「とりあえず彼らを出したが、どうも時間の問題らしい。アレを砕くのは相当に骨だ」
ネオの言葉を聞いて、その人物は情報処理スペースへ首を巡らせる。
「居るのはどの部隊だ?」
「ミネルバ他2隻、それとザフト軍コードを持った別動隊です」
それに考え込んだ人物へ、管制官から声が掛かる。

「フォーカス少佐、整備からです」

どう見ても20歳前後とみられる青年は、連合に属する者なら誰もが知っている。
…スピネル・フォーカス、前大戦時には"連合の蝶"と呼ばれたストライクのパイロット。
その知名度と実力に伴い、彼の地位は艦を任される少佐にまでなっていた。
前大戦中盤ですでにその話があったのは、懐かしい話だ。
スピネルが艦内通信機を受け取ると、相手はストライク専属の整備班チーフだった。
内容は、スピネル自身が出撃するか否か。


「ああ、アイツらの動き次第。どれで出るかは後で入れるから」







"アリオーシュの青い蝶"。

本格的に火花を散らし始めた、新生ザフトと連合軍。

"幻影のシャヘル"。

新たな世界の覇権を争う、幾人もの権力者。

"月光のシャレム"。

混迷に向かう、ナチュラルとコーディネイターの争い。







再び蘇ろうとする翼がこのとき、悲劇の墓標に集った。