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「これがあの、"GARMR&D"の機体…?」

2機のMSを見上げ呟いたルナの言葉は、格納庫でそれを見上げる者全員の言葉だった。
かつて第三勢力の『剣』と『盾』と呼ばれた機体を、知らぬ軍人は連合軍にも居まい。
そうであろう両機の肩部分には、"GARMR&D"の特徴的なロゴが描かれている。
シンは呟いたルナの隣で、"光る盾"を持つ機体を見上げた。

「…こんな機体に乗ってたんだ、あの人」

そのパイロットと最初に出会ったのは、アプリリウス・ワン評議会議事堂。
次に出会ったのはアーモリーワンだった。
そこでルナとレイを含めた彼ら3人は、1度だけMS実戦の相手をしてもらっている。
4人ともがノーマル装備のザクだったが、歯が立たない以前の問題だった。
本来の機体に乗っている"彼"の実力は、どれ程のものだろうか。
…それを思い出したシンが、別に思い出したことがある。

「あの人、レイを知ってるみたいだったよな…?」

レイの声を聞いて驚いたこと。
彼が何か声を発する度に、複雑そうな顔をしていたこと。
(議長も何か知ってるっぽかったけど…)
話を振られた格好になったレイは、首を軽く横へ動かすだけで否定の意を示した。
ただ、彼もまたシンと同じように少し考え込む。
(俺は知らないが…)
レイ本人にも、すべてを否定出来ないのだ。
自分が知らなくても、自分に関わる別の誰かを通して知っているのかもしれない。

OSにロックを掛けたことを示す文字が、ディスプレイに並んだ。
キラはそれを確認するとシートベルトを外し、カナリアへ通信を繋ぐ。
「カナリア。まさかとは思うけど、エンジン関係は触らせないでね。他は部分的に解除して対応して」
《了解した。情報伝達は通常通り》
「OK。カナード、僕らの予定はこのままオーブ行きで良いの?」
『ああ。俺は領海に入る前に別任務で出るが』
「そっか。じゃあ"アルマ"の依頼は勝手にやるから。その後は要連絡で」

"アルマ"とは、ウィーン時代の古典劇作家マーラーの妻の名である。
契約主ロンド・ミナ・サハクの名から連想された、彼女を示すコードネームだ。
しかしキラは音楽に興味がなく、カナードにそのような知識を求めることは不可能。
従って発案者はミナだと推測されるが、その話は置いておこう。

格納庫内のざわついた空気は、2機のハッチが開くと同時に掻き消えた。
フリーダムと思しき機体から降りて来たのは、シンたちも初めて見る鳶色の髪の青年。
もう一方の機体から降りて来たのは、予想に違わず一見ではない黒髪の青年。
周りに集まっている面々をひと通り見回し、鳶色の髪の青年がにこりと笑った。

「傭兵部隊"GARMR&D"、キラ・ヤマトです。こっちはカナード・パルス。
整備の責任者の方はどなたですか?」

必要最低限の自己紹介で済ませたキラは、自分の視界にある異常に気づく。
(あれ…?)
それを探る前に、整備班チーフであるエイブスが進み出た。
「ミネルバ整備班チーフ、マッド・エイブスです。
艦長より、お2人の機体の補給と整備を仰せつかっていますが…」
傭兵という人種は一概には言えないが、扱いにくい。
特に彼らのような、世界で結んだ条約に反するであろう機体を持つ者は。
キラは軽く頭を下げると、自分たちの機体を振り仰ぐ。

「補給と整備は、最低限のもので結構です。"担当の者が別にいますから"、そちらの指示に従って頂ければ」

エイブスに限らず、ヨウランやヴィーノも首を傾げた。
「"別に居る"って、どういう意味だ?」
「さあ…」
どう見ても、そのキラとカナードという人物の他に誰も居ないのだが。
ようやくカナードが口を開く。

「ここの艦長と話がしたい。誰か案内してくれ」

視線は必然的に、自分の知る人物へ向けられる。
シンとルナは顔を見合わせ、間を置かずルナが手を上げた。
「じゃあ私が…」
彼女の声は、割り込んできた声に途切れた。


「キラ…?!カナードも、生きていたのか?!!」


その声は、ようやっとザクから降りて来たアスランのものだった。
「しまったな…。カナード、先に行って」
キラはほとんど口の動きだけで呟く。
それに頷いたカナードは、手を上げたルナを改めて見やった。
「こちらです」
ルナは格納庫からの出口へ身体を向け、隣に居たレイへこそりと囁く。
「後は頼んだわよ」
「……」
予想通り眉をひそめたレイにしてやったりと笑い、ルナはカナードと共に艦内へ消えた。
(逃げたな…)
2人を見送ったレイは、どんな面倒ごとを彼女に返してやろうかと思案を巡らせる。
当面の問題は、目の前の火種をいかにして消すか、だ。
彼の視線の先には、キラという青年へ詰め寄るアスランの姿がある。
自分の横を見てみれば、不機嫌そうな顔で彼らを見つめるシンが居る。
そんなわけで、レイは他人任せにするという手段を取った。

「シン、お前が止めてきたらどうだ?」
「えぇ?何で俺が!そーゆーのはレイの役目だろ?」

理不尽だ、と思ったレイに罪はない。
そのような役目をやるハメになる理由のおよそ6割は、シンが原因である。
つまりそれは比例して、シンを言い包めることが得意だということだが。
「…墓標で助けてもらった礼は言ったのか?」
予想通り、シンは言葉に詰まった。
いつもなら売り言葉に買い言葉だが、今回は少し違うらしい。
フリーダムらしい機体を見上げ、レイにしか聞こえない程小さく言葉を落とす。

「あいつが"あの時"と同じパイロットなら、絶対に許さない」

シンがプラントへ移住してきた理由を知るのは、レイとミーアだけだ。
ルナや他の友人たちは、彼が地球生まれのコーディネイターであること以外をほとんど知らない。
「けど…うん。知らないうちに言っとく」
自分を納得させるように頷き、シンは不穏な空気に包まれている2人へ近づいた。



2年と少し前。
ジェネシスが崩壊し、停戦条約が成立したあの日。
三隻同盟の"剣"として先陣を切り、"盾"として要を守ってきた戦友。
彼らは忽然と姿を消し、生死さえ分からず、もう2年以上が過ぎていた。

オーブ国籍を持っていたキラ・ヤマトは『死亡』とされ、彼の両親は共同墓地に墓を設けた。
国籍不明であったカナード・パルスは、その存在すら公式的に遺されてはいない。

彼らの実力をよく知っていたアスランやAAの面々は、信じたくなくても信じざる負えなかった。
捜そうにも捜す宛が分からず、ただ無駄に時間と労力を費やした日々。
…その彼らが、目の前に忽然と現れた。
2年前とほぼ同じ機体に乗り、情報屋のネットワークをもっとも騒がせていた傭兵として。
まさに幽霊を見た気分だ。
いや、幽霊の方が何倍もマシだった。

「生きていたなら!なぜ何も言って来なかった?!法に触れるギリギリのところまで使って必死だったんだ!
俺だけじゃない、カガリや他の仲間も!"彼女"が、どんな気持ちで…っ!!」

キラの両肩を掴み、アスランは絞り出すように胸の内を吐き出す。
しかしキラは何も答えない。
そのアメジストの眼は無感情にアスランの姿を捉えていたが、ふと視界の端に色が射す。
(ああ、これだ…)
今この場にカナードがいないことで、キラの視界は明度違いの灰色一色。
生きて動くモノを2階調でのみ認識するその眼が、色彩を捉えた。

「個人的な話は、後にしてほしいんですけど」

シンは無愛想な顔で、ぶっきらぼうに言った。
彼に敬語はあってないようなものだ。
鮮やかな赤の眼を向けられたアスランは、一時の後にまたキラへ視線を戻す。
「個人的な話で済めば…どれだけ楽なんだろうな。答えろ、キラ!!
これはオーブ政府の責任も問われて来るんだ!お前がカガリの肉親であるならなおさらだ!!」
カガリの名を聞いた瞬間、キラとシンの眼光に刃が籠った。
だが次の瞬間、場にそぐわない笑い声が響く。


「アハハハハ!何馬鹿なこと言ってるの?誰と誰が肉親?君まで夢物語を語るわけ?」


思いもよらぬ反応だったのだろう。
開いた口が塞がらない様子のアスランを見やってから、シンはキラを見る。
目が合ったキラは、嘲りを抜いた笑みを彼に向けた。
「君、インパルスのパイロット君?」
問われたシンは、レイに言われたことを思い出すとしばし沈黙した。

「ユニウスセブンではアリガトウゴザイマシタ」

見るからに…いや、聞くからして嫌そうだ。
キラは思わず吹き出す。
「棒読みだね」
笑われたことに憤慨するでもなく、シンは目を細めた。
「アンタが、フリーダムのパイロットじゃなきゃな」
「ふぅん…?」
含みと棘のある物言いに、キラも目を細める。
「ま、いっか。とりあえず助け舟をありがとう。延々と下らない話を聞くハメになるところだったよ」
2人の様子を窺っていたアスランの表情が、剣呑の色を帯びる。
「下らない話だと…?」
幽霊を見たように混乱していた感情が、一気に怒りへと変わった。


「2年も行方知れずで、"死亡"と認定されていた人間がいきなり目の前に現れて!
いったいどれだけの人間が悲しんだと思ってる?!それを下らないだとっ?!」


アスランの怒鳴り声は格納庫全体に響いた。
その剣幕に押され、整備士たちや他のクルーも黙って見ているしか出来ない。
冷静な人間かと思っていたシンとレイも、呆気に取られ目を丸くする。
半ば必然的に顔を見合わせて、仕方なくレイが間に入った。

「揉め事は、艦を降りてからにして頂けませんか」

烈火に近いアスランの視線がレイを射抜くが、彼の顔色は変わらない。
なにせ、"アンティーク・ドール"とまで嫌みを言われたポーカーフェイスだ。
シンによると、それは機嫌が悪いほど顕著になるらしい。
レイはアスランを見据え事務的に続けた。
「貴方が個人的に彼に対し、重要な用件があることはよく分かりました。
ですがここはミネルバの艦内。ルナマリアが先に行きましたが、艦長との先約があります」
言い返そうとしたアスランの出端を挫き、レイは辛辣に言い放つ。

「何より貴方は、ザフトの人間ではない。アスハ代表の護衛であるだけだ」

よくぞ言った、と何人の関係者が思っただろうか。
勝手な行動は慎んで頂きます、と最後に追加して、レイはキラへ艦内への入り口を示した。
(うわ…レイの奴、機嫌最悪だし…)

自身の不機嫌を棚に上げて、シンはそんなことを考えた。